初期研修インタビュー

2024-03-01

古賀総合病院(宮崎県) 指導医(初期研修) 田中智章先生 (2024年)

古賀総合病院(宮崎県)の指導医、田中智章先生に、病院の特徴や研修プログラムについてなど、様々なエピソードをお伺いしました。この内容は2024年に収録したものです。

社会医療法人同心会 古賀総合病院

〒880-0041
宮崎県宮崎市池内町数太木1749-1
TEL:0985-39-8888
FAX:0985-39-0067
病院URL:https://www.kgh.or.jp/

田中先生の近影

名前 田中 智章(ともあき)
外科医長 指導医

職歴経歴 1982年に宮崎県宮崎市で生まれる。2008年に鹿児島大学を卒業後、古賀総合病院で初期研修を行う。2010年に古賀総合病院で外科の後期研修を行う。2013年に古賀総合病院に勤務する。2016年に伊藤病院に勤務する。2019年に古賀総合病院に勤務する。
資格 日本外科学会外科専門医、日本内分泌外科専門医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医、麻酔科標榜医、緩和ケア研修会修了、厚生労働省認定臨床研修指導医など。

古賀総合病院の特徴を教えてください。

 宮崎県宮崎市にある病院で、規模としては363床の中規模病院です。周産期医療、救急医療、僻地医療で社会医療法人の認定を受けています。
また地域医療支援病院でもありますので、地域の先生方からの紹介はもちろんのこと、救急告示病院として、「断らない医療」を目標に掲げ、一次、二次の救急患者さんを主体に、多くの救急車の受け入れを行っています。

田中先生がいらっしゃる外科の特徴もお願いします。

 地方であっても都心部と同等の医療を提供することをモットーにしており、10人の常勤医師が在籍して、手術を毎日、行っています。東京都の三井記念病院、国立国際医療研究センター病院、虎の門病院と提携しているので、そこからの専攻医が常時ローテートで来ており、若手医師も多くの症例を経験できています。
また、虎の門病院、がん研有明病院、国立国際医療研究センター病院、順天堂大学医学部附属順天堂医院、伊藤病院など、現在、当院の常勤医師がかつて研鑽を積んだ病院から定期的に医師を招聘し、常勤医師の技術向上、維持に努めています。

古賀総合病院の初期研修プログラムで学べる特徴について、ご紹介くださいますか。

 当院の初期研修医は1学年3人と少人数ではあるのですが、初期研修医一人あたりの指導医数が多く、複数の指導医が常に初期研修医に指導できる体制を作っています。
初期研修医は各診療科を回りますが、診療科ごとの垣根が低く、医局でいつでも相談しやすい環境があるため、ローテートしている診療科以外で手技的な処置がある場合には初期研修医に声かけをして、ローテートしている診療科に支障がなければ、その時間内に抜けてもらって、手技を経験させています。

プログラムの自由度についてはいかがですか。

 2年間の研修期間のうちに選択できる期間が8カ月あるので、自由度は比較的高いでしょう。また、当院の場合は提携病院が宮崎県内にとどまらず、県外にもあるため、熊本赤十字病院や東京都立墨東病院といった救急の症例数が多い施設で研修することも可能です。
1学年3人と少ないので、回った診療科に興味が出てくれば、その科を延長したり、再度回りたいという希望があれば、予定されていたローテート先の診療科を変更することなども調整できています。

初期研修医の人数が1学年3人というのは教えやすいですか。

 以前は4人だった時期もあるのですが、現在は3人です。3人でも4人でも大きな違いはありませんし、初期研修医の間に経験できる症例の取り合いなどもなく、しっかり学べると好評をいただいています。
指導医としても初期研修医それぞれのキャラクターの把握ができますので、親密に対応できています。

最近の研修医をご覧になって、いかがですか。

 私たちの頃と比べるとエビデンスがより重要視されるようになっていますので、パソコンやスマートフォンといったデバイスを使い、情報を得ていくことに長けているなという印象があります。色々な情報を自分で探してきて対応しようとする能力が高いですね。

初期研修医の指導にあたって、心がけておられることをお聞かせください。

 学生から社会の一員になるわけですし、医師として働くにあたってのプロフェッショナリズムを意識して診療にあたることを指導するようにしています。当院は地方にありながらも都心部の医療と同等の医療を提供することを目標にしていますので、目まぐるしく変わる情報に対し、敏感にアンテナを張っておくこと、また地域医療の一翼を担っているという意識を持って研鑽を積み続けることが大事です。
医師としてどうあるべきなのかということと同時に、社会というコミュニティの一員としての自身の役割や存在意義を考え、育み続けるマインドを初期研修2年間のうちに養おうと促すことで、研修終了後も自分を見失うことなく進める道標を見つけられるような力添えをしたいと思っています。

研修医に「これだけは言いたい」というのはどのようなことですか。

 エビデンス重視の時代になってきましたが、やはりエクスペリエンスも大切です。文章や文面だけでなく、患者さん自身をしっかり診る医療も研修してほしいです。

先生が初期研修先に古賀総合病院を選ばれたのはどうしてですか。

 大学は鹿児島だったのですが、故郷である宮崎県に帰ってきたいという思いがあり、色々な病院を見学する中で、古賀総合病院で良い指導医の先生に巡り合うことができ、アットホームな雰囲気も良くて、当院で研修しようと決めました。

研修医時代はいかがでしたか。

 私はこの制度が始まってから5年目の初期研修医だったので、今ほど指導体制もはっきりできておらず、不安もありました。
ただ当院はアットホームな雰囲気でしたし、初期研修医の人数が少ないこともあって、色々な先生方からかわいがっていただき、垣根のない中で教育していただけました。

田中先生の写真

外科を専門にしようと思われたのは初期研修のときですか。

 そうです。私はもともと総合診療をしたくて、僻地医療のような地域医療に興味があったんです。
でも当時の指導医の先生から「今いるところも地域だし、田舎なんだ。今は専門性を持った医療をして、年をとってから総合診療をしていくのもいいんじゃないか」と言われ、雰囲気が良く、興味もあった外科に進むことにしました。

古賀総合病院での後期研修はいかがでしたか。

 都会の病院への憧れもなかったわけではありませんが、都会の病院では上の先生方の症例数が圧倒的に多く、下の世代に回ってくることが少ないという話を大学の同期から聞いたりしていたので、当院で多くの症例や手技的な経験を豊富に積めたのは有り難かったです。

伊藤病院に勤務されたこともあったのですね。

 後期研修終了後に当院に就職して、消化器外科医としての仕事をしていたのですが、当院で甲状腺を専門にされていた先生が退職されたので、私を含めた消化器外科医の皆で甲状腺疾患の患者さんを診ていたんです。でも誰かが専門性を持って対応できた方がいいということになり、私が勉強したいと手を挙げて、伊藤病院に勤務することになりました。
伊藤病院は東京都渋谷区にある甲状腺疾患専門病院で、甲状腺という小さな分野をプロフェッショナリズムを持って診療にあたるという環境はとても刺激的でした。それまでは消化器を専門にしてきたので、最初は甲状腺に戸惑いもあったのですが、伊藤病院で学ばせていただいたことで、成長して帰ってこられました。
今の当院の外科は常勤医師が多くなってきましたので、私は甲状腺疾患に重きを置いており、伊藤病院と同じような地方であっても都心部と同様な医療を提供できているのではないかと自負しています。

甲状腺の面白さはどんなところにありますか。

 甲状腺はほかの臓器に比べると亡くなる患者さんが少なく、予後の良さはありますが、適切な治療を適切なタイミングで行っていかないと、そういう高い生存率が期待できないところが興味深いところです。
症状が出にくい中で、検診での患者数も増えてきていますので、私の役割や存在意義を考えていきたいと思っています。

「こんな研修医がいた」というエピソードがあれば、お聞かせください。

 私が深く関わったわけではないのですが、臨床研修センターの一員として関わった初期研修医の中にメンタルが心配だった人がいました。皆で協力して、本人の意向を聞きつつ、休業もさせながら、何とか初期研修終了という目標を達成させたことは思い出に残っています。

現在の臨床研修制度についてのご意見をお聞かせください。

 私もスーパーローテートの経験をしましたが、色々な科を回れたのは良かったです。
以前は科を決めたうえで、卒業後すぐに入局するという形だったのが、この制度になってから、3年目以降に進む科が初期研修を始めた頃に希望していた科ではない科だという人が多くいます。これは初期研修で実際の現場を知ったうえで自分のやっていきたい医療を見つけられたからだと思いますし、非常にいい制度ですね。
また、昨今は総合診療的なものが医師に求められている時代になってきていますので、その意味でもコモンディジーズをしっかり学べる現在の制度はいいものだと感じています。

専門医制度についてのご意見もお願いします。

 以前の制度であれば、当院でも外科専門医を取得することができましたが、現在の制度では外科専門医を取ろうとすると、地方では基本的には大学に入局しないと取れません。その結果、地方の大学病院以外の病院は人員確保に苦労してしまいます。
制度としてはやむを得ないところもあるのかもしれませんが、当院のような病院での外科医の確保は今後難しくなるような気がしています。

【動画】田中先生

Related

関連コンテンツ