専門研修インタビュー

2024-05-01

北九州市立八幡病院(福岡県) 指導医(専門研修) 小野友輔先生 (2024年)

北九州市立八幡病院(福岡県)の指導医、小野友輔先生に、病院の特徴や研修プログラムについてなど、様々なエピソードをお伺いしました。この内容は2024年に収録したものです。

北九州市立八幡病院

〒805-8534
福岡県北九州市八幡東区尾倉2-6-2
TEL:093-662-6565
FAX:093-662-1796
病院URL:https://www.kitakyu-cho.jp/yahata/

小野先生の近影

名前 小野 友輔(ゆうすけ)
小児科部長 小児臨床超音波センター長 指導医

職歴経歴 1976年に宮崎県宮崎市に生まれる。2005年に福岡大学を卒業後、同院で初期研修、2007年からは北九州市立八幡病院で小児科後期研修を行う。後期研修修了後は同院小児科スタッフとして勤務(2011年10月から12月まで、茨城県立こども病院生理検査室で超音波検査技士見習いとして超音波の研修を行う)。その後、もう一度小児超音波を学ぶべく2013年に茨城県立こども病院で勤務。超音波検査室と救急部に所属。2年間の修行期間を経て2015年に北九州市立八幡病院に小児科部長として着任する。2023年には北九州市立八幡病院に日本初となる小児臨床超音波センターを立ち上げ、センター長を兼任する。
資格 日本小児科学会小児科専門医・認定小児科指導医、日本超音波医学会超音波専門医・指導医(総合領域)・教育委員会・専門医制度委員会、小児超音波研究会理事、茨城こどもECHOゼミナール副理事長など。
日本小児救急医学会、日本超音波検査学会にも所属する。

北九州市立八幡病院の特徴をお聞かせください。

 野戦病院でありながら、小児科専門医の多い病院です。小児の患者さんが多い病院ですので、外科、形成外科、整形外科にも小児科に詳しい医師が多く、色々な小児疾患への協力、サポート体制ができあがっていることが特徴です。

小野先生がいらっしゃる小児科の特徴もお聞かせください。

 故市川光太郎先生(前院長、日本小児救急医学会名誉理事長)の教えでもあった「常に謙虚に」は小児科の礎としてスクラブにも入れています。
市川先生には「保護者が子どもを連れてこなかったら、私たちは何もできません。保護者に感謝を伝えることから始めなさい」と言われましたが、そのような医師の原点とも言うべき思いを学べることが特徴です。それから市川先生の「小児科医は内科医ではない、子どもたちの総合医である」という教えも守り、風邪でも怪我でも全部診ています。
私たちは切ったり、貼ったり、頭を開けたりなどはできませんので、専門科の医師と患者さん、親御さんの間に立ち、潤滑油のような役割を果たしています。一方で、薬の使い方や痛みのコントロール、状態変化の察知などは小児科医の方が得意な場合もありますし、やはり何でも診られることが当院小児科の特徴だと思います。

北九州市立八幡病院の小児科専門研修プログラムの特徴をお聞かせください。

 当院ではウォークインの一次から集中治療が必要な三次救急の患者さんまで、かなり幅広い疾患を経験できます。
また各分野の専門医がいますので幅広い疾患も学べること、あとは外傷ですね。小児科で外傷を診ている施設は全国的にも少ないです。足が痛いというときに骨折の場合もあれば、白血病の場合もあるので、「足が痛いのなら、原因は骨なのだから整形外科に送ろう」とノータッチには違和感があります。外傷に慣れていないと小児で最も重要な虐待を見逃すかもしれません。
また、手前味噌ですが、私が長年かけて身につけた小児臨床超音波も学べます。この「小児臨床超音波」は私が勝手に作った造語ですが(笑)、『小児科医』が自ら、『臨床』の場で『超音波』を駆使した医療を行うという意味です。
今では全国に向けて多くの講演を行っていますので、認知度も上がり、病院からセンターを作る許可もいただきました。この基礎や真髄を学べることも特徴です。

北九州市立八幡病院の救急科で専門研修をされた先生方はどのようなキャリアアップをされていますか。

 当院の卒業生を「八幡組」と言っているのですが、八幡組のメンバーは全国、色々なところで活躍中です。当院で身につけた外傷診療はじめ幅広い知識や経験があると安心、そして実際に現場で役にたっているのではないかと思います。
そしてエコーですね。当院では小児エコーの研修システムがあり、1カ月間はエコーに専念するという期間があります。後期研修後フェローとしてこられた方には2カ月や半年、1年と研修期間もあります。また開業前に特訓をしてほしいと1か月間集中で研修をされるベテランの先生もおられます。
皆それなりに基礎を作って旅立たせていますので、ほかの病院で「どこの放射線科でこれを学んできたの」と聞かれ、「いえ、小児科しか回っていませんよ」と答えることもあるようで、そういう報告を聞くと、私も嬉しいです。
私自身はエコーを外で学んで、当院に戻ってきましたし、ほかにもアレルギー、集中治療、腎臓内科といったサブスペシャリティを学んで、当院に恩返しをしたいと戻ってきた人たちもいます。皆が戻ってきてくれるような病院だということは誇らしいです。

カンファレンスについて、お聞かせください。

 指導医たちがそれぞれの専門分野を持っていますので、カンファレンスは方針の確認や指導を受ける場となっています。
全体カンファレンスのあとで、チームに分かれて、チームごとのカンファレンスもしています。チームのカンファレンスでは食事や家族のストレスなどの細かい確認をしています。全体カンファレンスには日頃は一緒にいない血液腫瘍内科の医師もいますし、私も今は小児臨床超音波センターという、小児科とは一歩離れたところにいますので、「その場合はエコーしたらいいんじゃない?」「昨日、先生がしたエコーはここが少し抜けているよ」と言ったりしています。
2017年から5、6年は私がカンファレンスの司会をしていたのですが、3カ月連続でエコー画像を登場させたこともありました(笑)。

専攻医も発言の機会が多いですか。

 「no blame」(批判しない)のがモットーですので、気軽に発言してもらっています。

女性医師の働きやすさに関してはいかがでしょうか。

 当院の岡本好司院長、そして小児科のボスである天本正乃副院長の存在が大きいですね。できるだけ家族優先で、かつ自分のスキルアップやスキルを発揮できる環境を整えるために最大限の努力をすると常々話してくれます。
例えば、時短勤務に関しては意外に縛りがあり、働き方に制限があったので、女性医師が声を上げたところ、院長たちが方針を柔軟に変えてくれ、新しいシステムができました。
また天本副院長も女性目線での気配りをしてくださっています。私の妻も小児科医で、子どもの送り迎えなどもあるので時短勤務をしていますが、とても充実している毎日のようです。天本副院長は院内の女性医師を集めて、女子会を開催しており、それも楽しいと妻は言っていますが、私は何を言われているのかと思うと怖いです(笑)。

先生はなぜ小児科を選ばれたのですか。

 初期研修先はあまり悩むことなく、そのまま母校の大学病院を選びました。
ただ救急など、「何でも診たい」とは思っていました。初期研修の選択枠では臨床研修センターに「先輩たちが忙しかった、きつかったと言っていたところに行かせてください」とお願いしました。今思えば、恐ろしい発言でしたが、当時はとんがっていたのかもしれません(笑)。
その一つ福岡和白病院で救急の研修をしたのですが、そのときに「小児科と救急をしたいのであれば、北九州市立八幡病院に小児救急のレジェンドの先生がいるから、顔だけでも見にいってみたら」と勧めていただき、顔だけ見にいったつもりが、市川先生に一気に引き込まれ、後期研修を当院で行うことになりました。
市川先生には「お前は俺の病院に来るしかない。悪いようにはせん」と言われました。今思えば、悪代官のような台詞です(笑)。

北九州市立八幡病院での後期研修はいかがでしたか。

 ひたすら病院にいて、ひたすら働いていました。私は器用な方ではなかったので、とにかく病院にいて、指導医の先生方の言うことを聞いて、「診ろ」と言われたら、診続けてという日々でした。鑑別診断をたくさん挙げて、指導医とディスカッションができず、それが反省点です。
同期の小児科医である妻も似たようなタイプだったので、360日働いて、5日(夏休み)は思い切り遊ぼうと言っていました。夏休み中も患者さんのことが気になっている状況でしたが…(笑)。もちろん今ではそのようなことは全くなく、しっかりと休日を作る体制ができました。今の専攻医を見ると、休みを取った方が生き生きするなと感じます。
ただ、市川先生からは「お前は仕事も遅いし酒も弱い不器用なやつだけだけど、ずっと子どものそばにいて、親御さんと一緒に泣いたり、笑ったり、がっぷり四つ。それが俺は好きだった。そのスタイルを貫けよ」と言われていました。
がむしゃらにやるという気概も大事かと思っています。要はいいとこどり、ですね。そのような感じの研修をするべき、させてあげるべきと思っています。

超音波に出会われた経緯はどういったものでしたか。

 2011年に2歳の女の子が腹痛で入院し、私が主治医になりました。当時は指導医の先生方の言うことをひたすら聞いて治療をしていたのですが、この子に関してはうまくいかず、原因不明の腹痛や嘔吐が続き、ご家族も疲弊していました。
ある日の夜中、看護師さんから「腹痛が強く、ご家族が診察を希望している」と院内連絡があり、指導医の先生がいない中で、本人の症状を診て、お母さんの不安を傾聴しました。
そこでふとエコーをしてみようと思い立ち、守衛さんに生理検査室の鍵を開けてもらい、本を片手に、触ったことのないエコーを見様見真似でやってみたら、変な塊のようなものが見え、先天性胆道拡張症が判明しました。そして、その子は手術加療となり、その後元気に退院していきました。
お母さんからは「先生に救ってもらった」と言われ、指導医から言われるままの診療をしていた私の中で何かが変わったことを実感しました。ちなみに、その本は内田正志先生が書かれた『小児腹部超音波診断アトラス』です。内田先生とはその後、ご一緒に超音波診断講習会などを全国で開催しています。

勤務中の小野先生の写真

どうして茨城県立こども病院に行かれたのですか。

 これからの小児医療、小児救急にはエコーが絶対に必要だと思ったので、市川先生に相談しました。
そうしたら「そんなにやりたいんか…。ただおまえは不器用だから小児科医をやりながらでは無理だろう。一旦休職して、超音波検査技士として研修してこい」と言われ、市川先生の知り合いでゴッドハンドといわれる超音波検査技士がいる茨城県立こども病院を紹介されました。市川先生からは「金も出さん。病院に泊まり込め。奥さんも置いていけ。お前の代わりに当直させる」と言われ、一人で茨城県に行きました(笑)。
茨城県立こども病院では生理検査室所属で腕を磨き、3カ月の研修を終え、当院に帰ってきました。もちろん3カ月では使い物になりません。空回りの日々でしたので、一念発起、もう一回やるしかないと思いました。今度は2年間、茨城県立こども病院で働くことを決めました。救急部立ち上げの時期と重なったので、「すべての救急車をみますので、すべてのエコーをさせてください」と当時の院長と検査技士の師匠に頼み込み再就職となりました。
2年かかりましたが、「免許皆伝」をいただいたことを契機に恩返しのつもりで当院に戻ってきました。

北九州市立八幡病院に戻ってこられて、いかがですか。

 小児の虫垂炎は年間60例から90例ぐらいですが、その診断、手術適応に全例エコーを使用しています。CTは私が他県講演や学会で不在のときなど数例しか行いません。また小児科エコーの件数は1000件程度から5000件以上に増加しました。
所属する小児科学会、小児救急医学会、超音波医学会、超音波検査学会はじめ多くの学会、研究会から小児臨床超音波についての講演をご依頼いただけるようになりました。結果、私の講演をきいた専攻医が全国各地から集まってくれるようになりました。
現在はその功績、業績により2023年4月には日本初の小児臨床超音波センターを開設することができました。まだまだ小児超音波はニッチな分野です。これからどんどんと道を切り開いていきたいと思います。
その先にはきっと子どもたち、保護者の笑顔があると信じていますし実感しています。また研修医の皆様も医師としての充実感を得るのではないでしょうか。

小児への超音波検査を専攻医が学ぶ意味はどういったことでしょうか。

 人間は生きているだけで被曝します。しかし、腹痛(虫垂炎など)、頸部痛など困ったときに“とりあえず”CTを撮るという流れが全国的にあります。CTを撮るということは被曝をすることになります。特に子どもたちは被曝に対する感受性、蓄積性が問題となります。被曝を減らして未来を守ることは小児科医の使命と思っています。
また、こんなに軽い腹痛では放射線科医に頼みにくい、検査技師さんも忙しそうだというときに、小児科の専攻医が私に適応を含めて相談しながらエコーができるのが魅力です。垣根が低くなります。やっててよかった!あぶなかった!ということを幾度となく経験します。
また、頸部のしこりがあるという紹介患者さんが来たときに、触って「リンパ節だね」で終わらせず、エコー検査を見せながら、「これはリンパ節ですよ。理由は形態が扁平状で、リンパ節門があって、血流が1カ所から入っているので…」と画像を見せながら保護者に言うと、とても納得してくれます。
さらに、リンパ節ですね、ですませずにリンパの腫れから特殊なウイルスや血液疾患などを疑って、依頼になかった腹部のエコーを追加することも小児科医のスキルです。腹部のエコーでは肝臓脾臓がはれているじゃないか、ここからさらに鑑別を広げよう、となります。

専攻医に指導する際、心がけていらっしゃることはどんなことでしょうか。

 専攻医だけではありませんが、小児臨床超音波センターの理念の通りに指導し、自らも律しています。理念は次のようなものです。
「一 小児臨床超音波センターは常に謙虚な心を持ち、チーム医療を徹底すべし。
二小児臨床超音波センターはno blame & respectの精神を持ち、どんな依頼でもthanks for callingの気持ちを持つべし。 
三 小児臨床超音波センターは内因、外因関係なく、子どもたちはすべて診させていただく思いを持つべし。
四 小児臨床超音波センターは子どもたちだけではなく、保護者ともがっぷり四つであるべし。
五 小児臨床超音波センターは子どもたちの代弁者という思いを持ち、プローブを通して、その声なき声を聞くべし。」
私自身不器用なので、2年かかってマスターしたことを、専攻医は1年や半年といった時短で学べるよう、言語化して伝えていきたいです。そして、私の弟子が全国各地で勤務していますが、1年かけて私から教わったことを半年で教えていけば、樹形図のように良い医療(小児臨床超音波)が繋がっていくのではないかと思っています。

今の専攻医を見て、いかがですか。

 竹井先生の話からも感じられると思いますが、今の専攻医には芯があるし、やる気もあります。ただ、二極化している風潮はあります。
竹井先生のように「何でも診たい」という人がいる一方で、専攻医のうちから「これしかしない」「これしかせんもん(専門)」がいることは残念です。当院に来る人は何でも診る病院だと思って来る方が多いですが、やはり何でも診たい人たちが望ましいですね。
また、コロナ禍で人員不足のためエコー研修が中止になった時期があったのですが、研修医が集まって「これはおかしい。エコー研修をしたくて自分たちは八幡病院に来たんだ!」と副院長や主任部長に直談判をしたそうで、そういう話を聞くと、嬉しく、卒啄同時だなと感じます。
向こうがやる気なら、こちらもやる気になる関係になれますね。

現在の臨床研修制度について、感想をお聞かせください。

 いい制度だと思います。色々な科を診られると、その科の常識が分かり、それが分かると、全く違います。小児科希望なら、あえて小児科以外の科を回るのもいいですね。
私は小児科を考えていたので、「希望枠」では小児科以外の忙しい科に行かせてくれと頼みました。大変でしたが、良い経験をすることができました。

現在の専門医制度について、感想をお聞かせください。

 こちらもいい制度ですね。私の所属する超音波医学会は消化器、循環器などメジャーなものから、呼吸器、脳神経など10領域の専門医領域がありますが、小児科領域はありません。
私はすべてを診る小児科医がベースですので、ほとんど受験者がいないといわれる全領域をカバーする総合領域を目指しました。後輩からは変態といわれましたが…(笑)。
現在は国内で数名しかいない小児科医専門医指導医と超音波(総合領域)専門医指導医のダブルボードです。
そして日本超音波医学会の教育委員会と専門医制度委員会に入っています。委員会では専門医を作ることの難しさを感じています。敷居を低くすべきか、高くすべきか、試験問題の難易度をどうするのか、受験者を増やすには敷居を下げるべきだけれど、そうすると安全性の担保ができないなど、多くの人がかかわって、ものすごく苦労して作っていただいた制度なのだと、今になって分かりました。
若い先生方には論文執筆など、色々と大変かもしれませんが、この制度は大事だなと考えています。

【動画】小野先生

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