後期研修医インタビュー

医療法人 徳洲会

福岡徳洲会病院

福岡県春日市須玖北4丁目5番地

名前 市川 淳 先生
出身地 福岡県
出身大学 京都府立医科大学
医師免許取得年度 2016年

医師を目指したきっかけをお聞かせください。

医師家系の家庭で、受験のときに雰囲気に流されて医学部に入ったというのが正直なところですが、現在は「国境なき医師団」に入って、自分の仕事として海外に行きたいという思いがあります。医学生のときに自分の職業を活かして海外に行きたいと思ったタイミングでは海外の医師免許を取るには少し遅かったのですが、「国境なき医師団」は日本の医師をしながら、特定の場所にはなりますが海外に行くことができます。

学生から初期研修医になって、どのような違いを感じましたか。

全く違い過ぎて、説明が難しいです。学生のときは勉強、部活動、アルバイトの両立が必要で、私の場合は部活動がメインで合間に勉強していました。日中はもちろん大学がありますが、部活動がある日は夕方から部活動が始まり、夜の9時や10時に帰って勉強をして、部活動がない日は夕方からアルバイトを朝までして、また大学に行ってというふうに、予定を詰めながらこの3つを同時進行しなければいけませんでした。でも、研修医として働き始めたら、毎日が勉強であり、労働なので、これだけに集中して専念することができるので、そこは楽だとは思いました。

初期研修も福岡徳洲会病院だったとのことですが、いかがでしたか。

期待した通りの研修内容でした。ほかの病院の状況を聞くと、当院で足りていない部分、足りている部分があり、それは同じ徳洲会グループの中でもあるでしょう。今は外科から消化器内科に応援に行っていて、ほかの徳洲会から応援の先生が来ているんですが、当院の研修を見ての感想を聞くと「なるほど」と思います。当院での研修は病棟管理などはあまりできないのですが、救急車を診る量や手技はほかの病院より多かったりします。

どのような活動をされて、後期研修先を福岡徳洲会病院に決めたのでしょうか。

将来的に、病院にはこだわらずに環境を変えない状態で働ける後期研修先を決めました。私は後期研修前に外傷外科医、救急外科医になりたいと考えていました。同じような道に行く人は外科医から入るか、救急医から入るか専門医制度上の問題になっています。先輩で救急から入った人もいますし、兄も同じように救急から入っています。そんな中、救急の見学に行ったのですが、専門を持っていないと「自分は何もできない」と感じる1年になっている人が多いと僕は感じました。当院の外科の先生にも意見を聞き、外科から入った方がいいと勧めていただいたこともあり、とりあえず外科から入ろうと決めました。
個人的には研修病院がどこというよりも自分が何をするかが重要だと思っています。ある程度の大きさの病院だったら症例も集まるし、最初の何年かは外科も含めて総合的に学ぶので、普通に基礎をつけるんだったら、どこでも一緒です。あとは本人のやる気の問題でしょう。そういう思いもありつつ、病院を探して、変わるのが面倒だというのもありました。専門研修に入る大事な時期に病院を変わると、システムも人も変わって環境が変わります。そこに割く労力と時間が無駄だなと感じました。
また、指導医の乘富先生がすごくいい上司なので、この先生の下で働きたいと思ったのもあります。私の初期研修医時代のエピソードとして、乘富先生が副院長であるにも関わらず、私が夜中の3時にコンサルトした患者さんに丁寧に聴診からされていたのと、急変のときに乘富先生が一目散に走って行かれていたのを覚えています。ほかの先生方からも今までずっとここで働いているけど、走ってくる副院長は初めて見たと言われていました(笑)。そういう感じの先生で、情熱がすごいです。

外科を専攻された理由をお聞かせください。

医師になるにあたって、「国境なき医師団」のニーズにも合っている外傷外科医をしたいと思っていました。そのときに外科医から入るか、救急医から入るか考えた結果、外科にたどり着きました。

福岡徳洲会病院の外科の特徴を教えてください。

大きな特徴はないのですが、皆さん、病院が好きですね。何時にどんな患者さんが来ても、手術に入ります。上の先生が「早く帰りたい」という雰囲気だと、こちらとしても夕方や夜に来た患者さんについて電話をしにくかったりするはずですが、そういう感じは全くないです。「じゃ、やるか」と言って、夜中でも言ってくれるところは下からすると働きやすいところですね。ほかに、珍しい特徴ではないのかもしれませんが、悪性疾患もしながら救急疾患もあるというところでしょうか。

後期研修で一番勉強になっているのはどんなことですか。

やはり手術ですかね。手術したくて外科医になっているので楽しいですし、勉強になります。症例数も多く、余るほど経験させてもらっています。

指導医の先生方のご指導はいかがですか。

手術がメインですが、何時であっても指導をしていただいています。ほかの病院を知らないので、術中の指導内容が特別に上手かどうかというのは分かりませんが、指導のスタートまでに相談しやすいというのがいいと思います。

コメディカルスタッフとのコミュニケーションはいかがですか。

福岡徳洲会病院で初期研修2年目の最後の2カ月間、外科を回ったのですが、そこで外科の先生からは後期レジデントのような扱いで仕事を任せられていましたし、外科の病棟の看護師さんも「来年から入る市川先生」という感じで対応してくれて、そのまま働くことができました。初期研修のときからいると、名前を覚えてもらうところも、自分が覚えるところもスキップできるので、そのまま残ってよかったと思っています。

オンとオフの切り替えはしっかりとできていますか。

私の場合はずっと仕事でも問題ないので、オンとオフの自覚はあまりないです。忙しいのが無理な人は忙しくない病院に行けばいいし、忙しいのが好きな人は忙しい病院に行ったらいいと思います。オンとオフを切り替えたい人はオンとオフを切り替えられる病院に行ったらいいですし、ずっと仕事していてもいい人はどこに行ってもいいのでしょうが、逆に時間が余るところに行っても退屈でしょう。今いる外科の先生方ももう一度医師になるとしてもまた外科医になりたいとおっしゃる方は多いですし、私も今と同じように外科を志望すると思います。

最後に、後期研修病院を選ぶポイントを初期研修医に向けてお願いします。

色々と悩むよりは3、4年間のことですので、とりあえずそこのやり方を学ぶという気持ちで行ったらいいと思います。ずっと同じ場所にいることもないですし、大学に入局しても関連病院を転々とされるでしょうから、その病院ごとにそれぞれのやり方を学んでいけばいいのではないでしょうか。個人的には色々と探す時間が無駄な気もするので、そこは人それぞれでいいでしょう。

「国境なき医師団」には何年後に行きたいと思っていますか。

卒後10年から12年後にはと思っていますが、そこは難しいところです(苦笑)。というのも、当院での研修が終わったら大学に戻ろうと考えているからです。しかし大学医局員になって、果たしてそんなところに行けるのかどうか、プライベートな問題として、そのときに結婚していたりすると、そんな危険なところに命を懸けて行くことに果たして家族が許してくれるかどうかという問題もあります。行くとしたら、少なくとも7、8年目以降に外科医として、ある程度活躍できるようになってからですね。

お気に入り