初期研修医インタビュー

公益社団法人 山梨勤労者医療協会

甲府共立病院

山梨県甲府市宝1丁目9-1

名前 塚原恭平 研修医
出身地 山梨県南都留郡富士河口湖町
出身大学 獨協医科大学
医師免許取得年度 2014
名前 佐藤ともや 研修医
出身地 北海道札幌市
出身大学 山梨大学
医師免許取得年度 2015

医師を目指したきっかけをお聞かせください。

塚原:

普通のサラリーマンになるよりは何かのプロフェッショナルになりたかったんです。それで興味のあった医療の仕事がいいと思ったのですが、祖父が病気で亡くなったことを受けて、医師になろうと決意しました。

佐藤:

私も中学生の頃に祖父が病気になったのがきっかけです。祖父は脳幹部に腫瘍ができ、本来なら手術ができないところでしたが、手術をしてくださった先生が取れる部分だけを取ってくださったんです。そのときの技術では限界までやってくださったと聞きました。私はその頃、法学部への進学を考えていたのですが、その先生が「まだ若いんだし、やる気があるんだったら、私たちの後に続くつもりで脳神経外科をやってみたらどうか」と勧めてくださったんです。それで医学を勉強したいと思い、医学部を目指しました。

学生生活ではどんなことが思い出に残っていますか。

塚原:

勉強は大変でしたが、それだけではなく、遊びに行ったり、旅行に行ったりもしていました。一人暮らしでしたので、自由もありました(笑)。友達は色々なところから集まってきていて、大学での実習も仲間と一緒にやっていたという印象が強いですね。

佐藤:

体育会系の部活動に入ったんですが、教えることが好きなので、塾講師のアルバイトを始めました。でも週に何コマか講義があり、時間的な制約が大きかったので、部活動を辞めざるをえなくなったんです。部活動と並行して、介護が必要な方へのボランティアをしていたんですが、色々な人と交流できる機会が私に合っていたので、そちらの活動を続けていました。ボランティアをしていると、色々なところから「こういうボランティアがあるけど、やらない」という声がかかってきます。甲府市からも要請されましたし、あるボランティアで、テレビの全国放送に出たこともあります。「思い出宅配便」というもので、故郷に帰れないパーキンソン病の患者さんの代わりに私たちがその故郷に行き、昔の友人たちに会ってインタビューしたり、ビデオを録ったり、写真をアルバムにして渡したんです。それが評価されたんですね。温かい番組でしたし、震災後ということもあり、4回ぐらい再放送されました。大学からも「貢献賞」をいただきました。学生生活の中で一番、輝いていた思い出です。

大学卒業後、大学病院ではなく、研修先を甲府共立病院に決めた理由をお聞かせください。

塚原:

大学病院は初期研修医が多いので、一つのすべきことを初期研修医が取り合いになったときに、「じゃ、私が」と言える自信がなかったんです。大学病院は自分自身を制することができて、積極性があり、無謀ではなく、できると理解したうえで取り組める人が伸びる場ですが、私は埋もれてしまいそうな懸念がありました。私を分かってくれて、私の個性を認めてくれる市中病院の方が良かったですね。大学病院だと手技や症例など、初期研修医ができることが少なくなりますが、初期研修医の間は大学病院のようなアカデミックな部分よりはプライマリケアを学ぶことが必要だと考えていました。私は山梨県出身なので、以前から山梨県で働きたいという希望があったんです。それで山梨県全体の合同説明会に参加し、話を聞いてみようかと思っていたら、「医学対」という事務スタッフから実習に誘われたんです。その実習でいいなと感じました。色々な病院に見学に行ったのですが、甲府共立病院の雰囲気が私に合っていて、自分が働いている姿をイメージできたんですね。

佐藤:

私も合同説明会がきっかけでした。甲府共立病院のほか、山梨大学医学部附属病院、山梨県立中央病院、市立甲府病院、山梨赤十字病院の合同説明会で、病院ごとに2人の説明者がいらしたのですが、メインで説明される方の第一印象がとても良かったんです。病院のカラーがうまく伝えられた説明を聞くうちに、この病院は絶対に良い病院だと思って、見学に行くことにしました。

甲府共立病院に見学に来られたときの印象はいかがでしたか。

佐藤:

良い先生方ばかりで、ツンツンした先生が全くおられませんでした。皆さん、優しいというのが第一印象で、さぞ働きやすいんだろうなと思いました。その印象で、当院に決めたとも言えますね。

甲府共立病院での初期研修はイメージ通りですか。

塚原:

イメージ通りですね。ギャップを感じたことはないですし、私が思っていた通りの研修です。雰囲気も実習したときのままだと思います。

佐藤:

私もイメージ通りです。むしろ「こんなに揃うんだ」というぐらい、良い先生方ばかりです。母校の大学病院とは少し違う雰囲気がありますね。

佐藤先生は北海道出身ですが、北海道へは帰らず、山梨に残った理由は何ですか。

佐藤:

大学時代を山梨大学で過ごして、山梨は人口の面からも暮らしやすいと思っていたからです。私は生まれこそ北海道ですが、育ちは千葉県なんです。関東という選択肢もあったのですが、人口密度の高いところが苦手だったので、山梨に残ることにしました。

プログラムの自由度はいかがですか。

塚原:

自由度の面から言えば、診療科数の多い大学病院に劣ります。当院の内科は総合診療科、消化器、循環器に限られていますし、マイナー科も少なく、回りたい科の制限がありますね。

佐藤:

私は自由度が高いと思います。選択科目は融通が利きますし、意見も通りやすいです。

どういった診療科をローテートされていますか。

塚原:

1年目は最初の半年は内科で、外科、産婦人科、小児科を回ります。2年目ではリハビリテーション科や皮膚科などのマイナー科を回っているところです。2年目の10月に診療所研修があり、本当に楽しかったですね。診療所では上級医やコメディカルスタッフだけでなく、患者さんたちもアットホームでした。地域全体の健康志向を高めるための取り組みを全体でやっていくことが面白かったです。

佐藤:

これまでは総合診療科を回っていて、10月に終わったんです。最初は総合診療科から始まり、それから外科や他科に行く人もいますが、私は総合診療科を継続し、半年の間、みっちり内科を研修したあとに外科を3カ月、回っています。

総合診療科を実際に経験してみて、いかがですか。

塚原:

大学病院の総合診療科は外来の窓口なんですね。よく知られているように、主訴だけで来る患者さんの診断を突き詰め、診療科に回す役割です。私はその側面ではなく、過程の部分こそが本質だと感じました。医学教育の内容や診療所などで地域全体の健康志向を向上させたりといったことですね。当院は全科当直ですから、骨折などの外傷も診ますし、何でも診ます。大変ですが、初期研修医がつけるべき知識です。縫ったことや骨折を診たことのない内科医だと独立して診療所を開いたときに困ることになります。専門分野で頂点を極めようとする医師も必要ですが、大半の医師は皆から見える医師なのです。その力を当直でつけていかないといけません。明らかなオーバーワークならやるべきではありませんが、私はオーバーワークになっていませんので、魅力に感じています(笑)。

佐藤:

ほかの病院の総合診療科は最初に診て、診療科への振り分けをする役割が大きいのですが、当院の総合診療科は自分たちで何でも診ようというスタンスなので、最初は大変でしたね。検査、見るべきポイント、治療などが多く、3科や4科にまたがった疾患を診ますので、キャパオーバーになりがちでした。

佐藤先生は総合診療科を継続されたのには何か理由があるんですか。

佐藤:

1年目の回り方をあらかじめ決めるんですよ。最初の2カ月は辛いなと思いつつ、4カ月継続でした。

指導医の先生のご指導はいかがでしょうか。

塚原:

甲府共立病院のみならず、市中病院全体に言えることかもしれないのですが、指導医の先生方が初期研修医全員の顔と名前をご存じで、バックアップがあるのが有り難いですね。初期研修医のキャラクターや到達度を分かっておられ、どういう指導をするべきかが病院全体に伝わっているのは中小病院ならではの良さでしょう。医局が一つなので、仕事やプライベートな話をフレンドリーにしてくださいます。直接の指導医の先生ではない方にも面倒を見ていただけるのもいいですね。

甲府共立病院での初期研修で勉強になっていることはどんなことでしょう。

佐藤:

内科的管理がしっかり学べたことが一番良かったですね。当直するうえでもとても役に立っています。

何か失敗談はありますか。

塚原:

当直や救急でできなかったことは色々とあります。骨折を見落としたり、肺炎を風邪と思ってしまったようなことですね。そういう経験をしたことで、こういうことはしないようにしようとか、こういう観点で診ていこうという教訓を得ました。また、そういう情報を同期や後輩に伝えるようにしています。
佐藤:総合診療科では限られた時間の中でしなくてはいけないことが多く、たまに「もう駄目だ」と思ってしまうときがありました。期日までに書類や発表のスライドができないということなどですね。スライドは結局、乗り越えられませんでしたが、書類などの仕事は夜遅くまで残って、何とか終わらせました。

当直の体制について、お聞かせください。

塚原:

段階を踏んで、レベルアップしていくんです。初期研修医はまず副直という形で、正規の当直が2人いるところで見学します。次は診察室の外ですぐに相談できる形になります。それが大丈夫になったら、隣の診察室に正直の先生が待機します。最後は正直の先生が医局で待機します。困ったときには呼べますし、1時間後ぐらいに「どう」と見に来てくださることもありますね。私は2年目の5月に正直になりました。今は二次救急の当番日に3人の当直医の中の1人として入っています。

佐藤:

当番日と当番日以外の日があります。当番日以外の日は基本的に3人です。初期研修医が副当直で、正直医の当直医とあと1人です。正直医は前半と後半に分かれていることが特徴です。1年目の初期研修医は副直として、正直の指導医の先生と2人で入り、ほぼマンツーマンで教えていただきながら当直しています。

カンファレンスの雰囲気はいかがですか。

塚原:

当院の初期研修の特徴は総合診療科ですし、山梨県全体の総合診療科が集まるカンファレンスを当院主体で行うこともあります。同じ民医連の立川相互病院の総合診療科との症例のカンファレンスもありますが、ほかではあまり聞かない個性的なカンファレンスですね。交流も深まりますし、ほかの病院がどういうふうにしているのかを学べるのは勉強になります。

佐藤:

総合診療科のカンファレンスは「チャートカンファレンス」という名前が付いています。その名前のごとく、初期研修医がしようとしている診療への指針をくださるカンファレンスなんです。総合診療ならではの多角的な目で質問されますから、頭も使いますし、ここまで手が届いていなかったということも分かります。プレゼンテーションの技術も身につきますね。私にとってはプレゼンテーションが課題です。人に正確に物事を伝えるのは大変ですね。

現在の臨床研修制度に関して、ご意見をお願いします。

佐藤:

自由度が高いという意味では、自分で選択してプログラムを作っていけるので、現代のニーズに合っていると思います。

後期研修はどうされる予定ですか。

塚原:

総合診療科に進もうと思っています。診療科での実地研修がとても楽しくて、私に合っていることもありますし、当院で初期研修をしたことも大きいです。当院はほかの病院よりもソーシャルな部分に目を向ける力が養われるプログラムになっています。困っている患者さんや社会背景が複雑な患者さんを見捨てず、そういう患者さんが集まる病院ですから、私も経験を積んでいく中で、解決力がついてきました。同時に、そうした医療が合っているとも感じたので、今後も総合診療科でそういう仕事をしていきたいです。

佐藤:

私は呼吸器科志望なのですが、当院では呼吸器科の後期研修ができないので、他院に出る予定です。呼吸器科の後期研修を終えてから、今後のキャリアを考えることになっています。呼吸器科を目指す理由は私自身が3年前に成人発生型の気管支炎喘息になったことです。小児型と異なり、なかなか完治できず、ずっと付き合っていかなければいけません。患者さんと話すときも第一声が出ないこともあって、苦しいですね。呼吸するうえで循環器と呼吸器は大事な臓器ですし、心不全でも呼吸が苦しくなることもありますが、呼吸器系から来るものもかなり辛いことが分かりました。老齢になると肺炎になったり、心臓も弱ってきますが、山梨県内には呼吸器科のある病院が少ないので、広げていきたい意味もあって、以前から呼吸器科を志望しています。

後期研修の情報収集などは、どのようにされているのですか。

佐藤:

山梨県内の情報は自然に回ってきますね。当院の院長からも呼吸器科のいい病院を教えていただいたりしました。

最後に、これから初期臨床研修病院を選ぶ医学生に向けて、メッセージをお願いします。

塚原:

私は当院に残るので、これからの初期研修医を教える立場になりますが、私は教えることが好きということもあって、総合診療科に行きたいと思っています。色々な病院に色々な医師がいますが、教育理念を持っているか、いないのかが重要です。甲府共立病院には教育理念をお持ちの先生方が多いです。ある診療科で一生を過ごし、アカデミックな部分でトップに立ちたいという人以外はこういう中小病院で裾野の広い勉強をし、一人前とまではいかなくても医師としての礎を築くのが一番です。いらしていただければ、私も含めて、皆で一生懸命、教えます。教える側に一生懸命さがあるところも他院に比べて良いところですね。

佐藤:

初期研修医の人数が少なく、手技の機会が回ってきやすいので、経験している手技が周りよりも確実に多くなるところがメリットです。当直に入る回数が多く、各科に分かれていない全科当直なので、あれもこれも経験できるのも強みです。早く一人前になりたい方にはお勧めの病院です。

お気に入り