指導医インタビュー

熊本赤十字病院

熊本県熊本市東区長嶺南2丁目1番1号

名前
山永 成美
第一外科 副部長、指導医
職歴経歴
平成17年4月 熊本赤十字病院 初期研修医
平成19年4月 熊本赤十字病院 後期研修医(外科)
平成22年4月 名古屋第二赤十字病院 移植・内分泌外科
平成23年4月 熊本赤十字病院 外科
平成27年7月 愛知医科大学 腎移植外科 研究生
平成27年9月 カリフォルニア大学サンフランシスコ校 移植外科 留学
平成29年9月 熊本赤十字病院 外科
平成30年4月 熊本赤十字病院 第一外科 副部長

熊本赤十字病院の特徴をお聞かせください。

熊本は日本赤十字社の発祥の地ですので、その精神にのっとり、救急医療が非常に盛んな地域です。当院は熊本県東部を主にカバーしていますが、救急、がん、小児医療、高度医療、移植というように色々な領域を深く診ている、変わった病院です。特に救急にはドクターヘリがあり、件数、症例ともに全国的にも多く、それを目的に来るレジデントもいます。日赤は全国的な組織ではありますが、各病院により、それぞれ特徴があります。当院は救急のほか、国際救援や災害救援にも力を入れています。災害救援に関しては初期研修時から植えつけられているところがあり、2016年の熊本地震の際も働き始めて数日目ぐらいの研修医が現場に出て対応していました。また、患者さんの急変時には常に館内放送がありますので、すぐにERに駆けつけて対応を勉強するなど、積極的な研修医が多いです。

熊本赤十字病院の外科の特徴もお聞かせください。

外科系の括りでは年間2000例ぐらいの症例があり、後期研修医が1年半、外科を単科で回れば基本的な外科専門医の症例がほとんど診られるほど豊富です。1年間で250例から300例ぐらいの症例を主治医として経験でき、多い人であれば100件から150件ほどの手術執刀があります。私は外科を3年間研修した中で、1年はほかの科を色々と研修しましたが、600近い症例を経験し、手術の執刀も380件から400件ほどさせていただきました。経験領域も幅広く、救急、良性疾患、がん、移植など、ほかではなかなかできないことでも一通り全部経験させてもらえます。熊本県内で腎移植をしているのは熊本大学医学部附属病院と熊本赤十字病院の2病院だけです。私の学生時代はポリクリで回っていても移植の手術を見る機会がなかったのですが、後期研修をスタートするときに当時の内科部長の上木原先生に勧められて腎移植を始めました。内科部長が外科に残るレジデントに移植を勧めるという変わったことが起こりうる雰囲気で、各科の垣根は低いですね。外科専攻のレジデントに腎臓内科を回らせるなど、科をまたいで、人のやり取りができるのも特徴です。

外科プログラムで、ほかの病院と違っているところはありますか。

自分で自由に内容を決められるという点と、市中病院にしては学術的なサポートが行き届いている点です。市中病院では研究や論文指導、博士号などの分野に弱いところがありますが、熊本赤十字病院の新専門医制度プログラムでは愛知医科大学の腎移植外科と提携し、社会人大学院生として入ることで、病院で3年研修をしながら論文を2つ以上提出すれば、卒業と同時に修士課程も取れることになっています。私自身もあちらの研究生の登録をしており、アメリカ留学時の論文を提出しているので、来年度中には博士号が取れると思います。現在、私はアメリカでしてきた経験を活かした臨床研究を行い、英語の論文の執筆や学会発表の指導も行っています。実際に指導した後輩がアメリカの移植学会の審査に口演で通り、論文を発表していました。そのような学術的指導が受けられるというのも強みかもしれません。

新専門医制度に変わるときに、病院で取り組まれたことはありますか。

新専門医制度に対しては、初期研修医が残りたいと思う環境にすることが大事です。当院には先に挙げた症例数や学術的な側面はもちろん、指導医や病院の雰囲気、福利厚生など、全体的な魅力があります。外科は移植で残ってくれる人が最近多いです。後期レジデントの木下先生は腎移植と心臓外科のどちらをするか迷っていた時期に、あまり接点のなかった私に会いにアメリカまで来ました。そこで臓器摘出手術に連れていったのですが、プライベートジェットで手術に向かう時、顔付きが変わったのが分かりました。私の研修医時代もそうでしたが、木下先生含め、ほかの同期の先生にも既に多くの手術を執刀させています。今、移植のプログラム内容が大変充実してきており、若い先生たちが楽しそうに研修している姿を見て、ここで勉強したいという方が来てくれています。

熊本赤十字病院での後期研修を受けることで、どのようなスキルが身につくとお考えでしょうか。

外科研修を始めて1、2年は多くの症例を診ることと多くの手術をすることが非常に重要です。当院の外科には腹腔鏡手術、大腸、肝胆膵、肺など、各専門域において色々な場所で勉強してこられ、臨床的にはトップと遜色ない力を持っている先生が大勢いらっしゃいますので、そうした各エキスパートから指導を受ける機会が多いです。そのため、フィールドが違う領域でも患者さんの対応がきちんとできるようになります。私も腎移植をメインに診療を行っていますが、がんや救急外来で来られた患者さんを手術することも多々あります。外傷やがんでも一通り診療できるスキルを持っている先生が多く、多岐にわたる分野の診療技術が身につくと思います。

先生はどのような研修医時代を過ごされたのでしょうか。

私が初期研修医のとき、日赤はまだマッチングに参加しておらず、ほかのマッチング参加病院も受けていましたが、熊本赤十字病院に行く予定の同期に優秀な人が多かったので、私も当院に決めました。まさか実家から15分のところに就職すると思わなかったです。当時は今ほど研修環境が整っていませんでしたが、自分からお願いして、週1回は救急当番をさせていただいたりと、したいことは豊富にさせてもらえました。1年目は問診や身体診察など、基本部分にこだわってやっていました。今は腎移植をやっていますが、基本的には医師というものは総合医だと思っているので、どのフィールドに出ても患者さんを診療して、正しく治療してあげたいです。当時は今ほど研修がきつくなかったからかもしれませんが、初期研修中は結構本を読んでいて、どの科に行ってもこれは要るだろうなということを中心に学んでいました。後期研修医になってからは結構大変でしたね。最初の頃は自分で患者さんを診断し、緊急手術のICをして執刀するという流れが分かっていなかったので、3年目が一番きつかったです。週に6、7時間しか寝られないときもあり、このまま外科を続けていけるか不安でした。しかし、外科の魅力は患者さんが自分の手を介して確実に回復するところです。特に腎移植は顔色が悪かった方が移植をした瞬間に腎臓の色が変わって、尿もしっかり出て退院していくという変化を目の当たりにできます。後期研修はきつかったですが、人の足りない時期に先輩が抜けられて、今まで先輩達がやっていた症例がごっそりと下りてきたので、手術をさせていただく機会が頻繁にありました。また、麻酔のローテーションも並行して行っていたので、3年間で麻酔の標榜医も取れましたし、後期研修としてはかなり濃厚だったと思います。

海外に行ったきっかけや、海外で学んで身についたことをお聞かせください。

私はもともと臨床で留学したいと希望していました。30歳で名古屋から当院に帰り、移植のプログラムを任されましたが、まだ自信がなく、海外で勉強しようと考えていたのです。日本で一番、腎移植をしている名古屋第二赤十字病院で勉強したので、日本のスタイルはある程度、学んでいたのですが、亡くなった方からの臓器摘出手術を学びたいと思ったんですね。これは日本では80件ほどしかなく、名古屋第二赤十字病院では生きている方からの臓器摘出は勉強できましたが、亡くなった方から取る方法は学べませんでした。移植の王道は亡くなった方からの臓器提供を受け、そのご遺志を繋ぐことにあります。臓器を傷つけずに摘出し、良い臓器を良い状態で必要な人にお届けすることを勉強したかったので、アメリカに行き、2年間で95件の臓器摘出手術をしました。これは日本の1年分をアメリカの2年間で1施設でしたことと同じです。日本にいると、日本人の中だけで移植や医療を語ることになり、実情がよく分からなくなりますので、病院の運営やマネジメント、日本の医療制度を考えるうえでも留学は良い学びになりました。

外科を選ばれた理由と外科の魅力をお聞かせください。

解剖実習が楽しかったので、内科か外科かという大枠では学生時から外科医になりたいと考えていました。神経や筋肉をスケッチしたり、実習では切ったり貼ったりと、ご遺体から学ばせていただくのですが、実際に手を動かして何かをするのが好きだと気づいたんです。私は当時、軽音学部でギターを弾いており、手を動かしながら学ぶという過程が似ていたので、そういうフィールドに身を置いた方が楽しくやれるかなと思っていましたね。上木原先生が私に声をかけてくれた最大の理由は初期研修で色々なバックボーンを勉強していたのを見て、私には内科的な素養があると思ったからだそうです。確かに外科も内科も研究もできる領域はないかと学生時から思っており、実際に移植のフィールドに入ってみると、最先端のあらゆる良い技術を寄せ集めて、私がやりたいと思っていた医療を行っていました。移植ではまだ分かっていないことも多くて、「何でこうなんだろう」という臨床的な疑問が割と研究テーマになりやすいのですが、例えば、がんなどがテーマだと枝葉の末梢部分を見ても根本は変わらないというのが私の印象でした。もし研究をするなら根本から変えるような基礎研究をしないと研究者としてはあまり意味がないと思ったので、1つの発見自体が免疫抑制剤の使い方をガラっと変えてしまうような部分が移植外科の魅力です。

研修医に指導する際、心がけていらっしゃることはどんなことでしょうか。

自分で考えて、自分で結論を導き出してみるというのが大事だということです。考えたことをカンファレンスや朝の申し送りなどの短いプレゼンで投げてみて、そのプレゼン内容や進行の仕方も毎回振り返られるようにしてほしいです。自分が考えて行ったことを発表して、ほかからフィードバックを受け、では次はこうしようとまた考えることは患者さんとのコミュニケーション、問診、手術、論文を書くなど、診療全てに通じます。インプットだけではなく、アウトプットもして、フィードバックを受けたうえで毎日成長していってほしいです。そういうことの積み重ねによって、一人前の医師になれるのではないでしょうか。

先生が熊本赤十字病院を選んだ理由について、教えてください。

同期に恵まれた初期研修を行えそうだと思ったからです。後期で外科に残った理由は当時の外科の雰囲気が良かったことと多くの手術をさせてもらえる点です。それ以降は上木原先生が腎移植をするように言ってくれたのもありますが、自分がこうしたいというのを受け入れて、伸ばしてくれる自由なところが良いと思いました。30歳で移植のプログラムを任されることになりましたが、下の指導もしながら執刀もするというのはほかではまずありません。移植は基本的にチームワークなので、色々な調整も全部しなくてはいけないのですが、それもバックアップしてくれる病院でした。留学の際も当時の院長先生に病院を辞めて行くことを相談しに行ったら、「辞められたら困る」ということで私のために奨学金を作ってくれました。私に投資をしていただいて大変感謝していますし、留学して人との繋がりも広がったので、投資していただいた分は病院にフィードバックして、下にも繋げていきたいです。

最後に研修医にメッセージをお願いします。

研修医の皆さんには日々成長してほしいです。そして1回は海外に留学してもらいたいですね。色々と経験したうえで、自分の今のことだけでなく、その先も見据えて成長することができれば、さらに魅力的な医師になれますよ。熊本赤十字病院は多くの科で非常にいい指導医を抱えており、とても情熱ある指導を受けられます。あちこちで活躍している卒業生との繋がりもありますし、これほど一人一人をしっかり見たうえで、その人に合うフィールドを提供して後押ししてくれる市中病院はほかにありません。実際に飛び込んできてみれば噛めば噛むほど味わい深い病院です。特に外科プログラムは完全にガラパゴス化して独自の進化を遂げており、一般外科をしながら腎移植も同時に行えるなど、ここでしかできない研修ができます。症例数も非常に多く、しかも若い内からそれらを経験させてもらえるので、是非、見学に来てみてください。

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