指導医インタビュー

社会医療法人

製鉄記念広畑病院

兵庫県姫路市広畑区夢前町3丁目1番地

名前
大内 佐智子 先生
内科部長 兼 消化器内科部長、指導医
職歴経歴
1964年に兵庫県高砂市で生まれる。1989年に神戸大学を卒業後、神戸大学医学部附属病院で内科研修医となる。1990年に兵庫県立姫路循環器病センターで内科研修医となる。1991年に兵庫県立姫路循環器病センターに勤務する。1992年に神戸大学医学部附属病院第二内科に勤務する。1994年に東京女子医科大学病院消化器病センター研究員となる。1995年に神戸大学医学部附属病院第二内科に勤務する。1996年に国立療養所兵庫中央病院に勤務する。1997年に新日鐵広畑病院(現 製鉄記念広畑病院)に勤務し、光学診療部長に就任する。2010年に新日鐵広畑病院消化器内科部長に就任する。2012年に兵庫県立加古川医療センターに消化器内科部長として勤務する。2014年に製鉄記念広畑病院に消化器内科部長として着任する。2016年に製鉄記念広畑病院内科部長に就任し、消化器内科部長を兼任する。
学会等
日本内科学会総合専門医、日本消化器病学会専門医・指導医、日本消化器内視鏡学会専門医・指導医、日本がん治療認定医機構がん教育認定医、日本肝臓病学会専門医など。

製鉄記念広畑病院の特徴と、大内先生がいらっしゃる消化器内科の特徴をお聞かせください。

救命救急センターを併設する急性期総合病院で、消化器内科の特徴としては内科と消化器内科という形になっていることです。内科は専門科にはっきり分かれずに、全員で内科全般を診るスタイルで、それぞれの専門科がありますので、専門領域中心に複合的な疾患も診るという形です。消化器内科については、救命救急センターに救急車で搬送されてきたり、近隣の医療機関からの紹介であったり、消化管出血や胆道疾患など、救急を要する消化器救急患者が多いので、そういう患者さんの対応を365日24時間宅直の体制を取って対応しています。年間の救急搬送台数は約3000です。また、肝臓専門外来やIBD専門外来など、消化器の専門外来も持っています。

製鉄記念広畑病院の初期研修の特徴もお願いします。

現在の初期研修医は1年目が10人、2年目が6人で16人います。ほかの救命センターなどは内因性の方が多いらしいんですが、当院は内因性と外因性が半々ぐらいなんですね。外因性の疾患を診る病院がそう多くないので、当院に集まってくる感じですね。症例数が多いうえに、初期研修医が直接初期対応を行うことが多いので、1年でかなりたくましく成長しています。

指導される立場として、心がけていらっしゃることを教えてください。

多くの症例を経験するので、雑にならず、なるべくガイドラインやエビデンスに基づいた、きちんとした診療を行う習慣をつけてもらおうとしています。

最近の研修医をご覧になって、どう思われますか。

ものすごくよく勉強していると思います。私たちのときと違って、学生のときからずっと勉強していますね。就職にあたっても学生時代の成績が関係してくるので、よく勉強していますし、私たちの時代とは違いますね(笑)。偉いなとは思いますが、自分で何か新しいことをしようとするときに受け身になりやすかったり、まだ少し世間慣れしていないためか、色々な背景の患者さんに対応しにくかったりすることはあるかなという印象です。

「こんな研修医がいた」というエピソードがあれば、お聞かせください。

脳神経外科を希望していて、初期研修の間しか内科を回れないから、自分の限界に挑戦したいと言い、多くの患者さんを担当した人がいました。既に多くの患者さんを持っていたのですが、さらに頑張りたいと言ったのです。また、別の人ですが、全ての患者さんのしっかりした病歴要約を作った人がいます。通常は受け持ったすべての患者さんの簡単な入院サマリーのほかに、1週間に1例、症例発表のレポートとして内科専門医が要求される病歴要約と同じ形でサマリーを作成する決まりになっていますが、その人はすべての受け持ちの患者さんの完全な病歴要約を作っていました。考察して、文献も引いてきて、きちんとそういうことをしている人もいるんだなと思いました。

研修医に「これだけは言いたい」ということがあれば、お聞かせください。

医師の始まりのこの2年間はとても大事なときなので、頑張って仕事をしてほしいなと思います。女性医師は家庭を持つと自由な時間が減るので、特にそうですね。

先生の研修医時代はどのようにお過ごしでしたか。

私の前後の学年は同じような研修の仕方をしていると思うんですけど、1年目は大学病院で病棟だけ持つような形です。上級医はいなくて、同期しかいないので、同期でお互い持った症例を教え合っていました。自分が持ったときに、同じような症例を持った同期に聞いたりして、本当に横の関係だけで相談しながらやっていました。誰にも教えてもらえなかったですね(笑)。

先生はどうして医師を目指されたんですか。

身内に医師はいないんですが、私の家の斜め前が市民病院で、その前を通って通学していました。教えるのはあまり好きではないので、教師はあまり向いていないと思っていましたし、思いつくのが目の前にある病院ぐらいしかなかったんです。素人目には病院といえば医師しか目に入ってこないですよね(笑)。幼心には立派な医師に見えていました。診療を受けたことはなかったんですけど、その当時はセキュリティがあまり厳しくなく、小学生の頃に地元のソフトボール部に入っていたのですが、雨の日のランニングコースは病院の中の階段だったんです(笑)。今はありえないですが、その頃はフリーに入れたんですね。病院の裏側に医師の官舎があって、テニスコートもあったんですけど、そこも勝手に使って、テニスをしていました(笑)。球技は好きで、学生の頃からずっとバスケットボールをやっていました。大学のバスケットボール部の友達とは今もときどき会って、試合を応援しに行ったりしています。

現在の臨床研修制度についてのご意見をお願いします。

良いところはスーパーローテートで、色々な科を回れることです。以前は進もうとしている科の先輩からしか教えてもらえなかったのですが、今はどの科に行っても親切に指導してもらえるので素晴らしい制度です。ただ、今の初期研修医は全部、上の先生の指示や監視のもとにいますし、守られ過ぎて、なかなか独り立ちできないという面もあります。私たちは先輩の姿などを見て、学生のときにどの科に進むのかを決めていたので、その道しか知らなかったから、途中で変わる人はあまりいませんでしたし、知らない方が幸せなこともあるんですよね。その道に入れば面白いこと、興味があることが次々に出てくるものですが、今の人は目移りするので、その科を深く知らずに入って、深く知らないままに辞めようかなと思ってしまうので、良し悪しですね。

これから初期臨床研修病院を選ぶ医学生に向けて、メッセージをお願いします。

症例数も多く、救命救急センターを持つ活気がある病院です。当院で2年間働くことにより、何でもできるようになって、自信を持つことができます。製鉄記念広畑病院で研修をして良かったと、きっと思っていただけるでしょう。一生懸命サポートしますので、是非一緒に働きましょう。

製鉄記念広畑病院のPRをお願いします。

当院は兵庫県南西部の救急医療を担う病院です。4年後に兵庫県立姫路循環器センターと統合する予定になっており、既に基礎設計が始まっています。新しい病院に向けて準備をしていますが、特に活躍できる人材を育成するために、様々な方法を考えています。一緒に良い病院を作っていきたいと思う人を歓迎します。

特にこんな人に来てほしいという要望はありますか。

私も内科医ですが、内科の立ち位置が病院を左右すると思います。総合病院というのは内科で失敗するとなかなか難しくなるんですね。内科は今、総合内科的なところと内科専門科をどういうふうにうまくやっていくかというのが問題になっています。若手医師だと、来てほしいタイプの人は総合内科的な、内科的なことなら何でもできるという人ですね。何でもできる中でのサブスペシャリストというのは今後の内科医の理想像ですから、そういう人たちが多く集まる病院にしたいなと考えています。

最後に何かメッセージやアドバイスがあれば、お願いします。

医療をするだけではなく、患者さんの背景など、色々なことに気を配らなければいけないような世の中になっています。この前、学生時代のバスケットボール部で一緒だった同級生の看護師に会いました。彼女は看護学校で教育をしているのですが、10年ぐらい前は4人部屋や大部屋の患者さんは昼間はカーテンを開け、皆で喋っていたのに、今は昼間からカーテンを閉め、個室状態になっていると言っていました。人間自体がだんだん変わってきたのか、排他的な気持ちを持つ患者さんも増えてきました。そのため、看護学生が患者さんと色々なお話をしたり、ケアをすることへの敷居が高くなっているそうです。医師もそのような中で働かなくてはいけないので、勉強も忙しいですが、人間力も大切です。人間力は医師になってからでも鍛えられますが、学生時代もある程度は鍛えてきてほしいと思います。

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