ハッピー♡マッチ|eレジ連載小説

ハッピーマッチ

第三部 出会いと別れ 春

第七話 チャンポン(BY つばき)2016.02.17

 ロッカーで着替え、走って病棟へ上がりました。
血液内科のクリーンルームの入り口に着いた時に、近藤スミレ先生が、ドアから出てきました。あたしを見つけるとマスクを取り、首を横に二回ふりました。スミレ先生の後から指導医の田中和夫先生も出て来ました。ドアが開いた時に、女性のすすり泣きの声が聞こえてきました。おそらく白田さんの奥様でしょう。一度病室でお会いしたことがあります。
 スミレ先生と田中先生は、ナースステーションに戻り、死亡診断書を書き始めました。研修医一年目のスミレ先生は、はじめて書くようです。時々、涙をぬぐいながら、ボールペンをゆっくりと動かしていました。田中先生が、よく頑張ったと、スミレ先生の頭を撫でました。田中先生の目も赤く腫れていました。あたしは、ただただ、黙ってそれを見ていました。もちろん、今、病室へは行けません。スミレ先生は、書き終わると、隅っこに立っているあたしのところに来て、昨日から今日へかけての急変の様子を手短に話してくれました。
「ごめんね、呼び出して」
「いえ、呼んで頂きありがとうございます」

 白田さんの奥様、ご両親、おそらくご兄弟など、十名程の方がカンファレンス室に集まり、田中先生とスミレ先生の最後の説明を聞いていました。奥様は憔悴し、放心状態という感じでした。白田さんの御母様は、まだ泣いておられ、お父様が背中をさすっていました。三十四才。あまりにも早すぎる命の終焉です。
白田さんは、医師でした。田中先生と同級生だったそうです。地域医療を志し、北関東の端っこで診療所の所長さんをやっていたと聞きました。
「精いっぱいのことはやりましたが、残念でした」
 田中先生ががっくりと頭を下げました。スミレ先生も。あたしは、看護師さんと共に、後ろの方で頭を下げました。田中先生の固く握られた震える拳が目の前に見えました。
 奥様やご家族も頭を下げて「ありがとうございました」と振り絞るような声で、お礼を言いました。
 奥様の横に、ひとりの少女が座っていました。白田さんのお嬢様でしょう。白のブラウスと紺のスカートを着た彼女、小学五年か六年生くらいでしょうか。打ちひしがれるご家族の中で、ひとり、凛とした姿勢で、田中先生の説明を聞いていました。涙ひとつこぼさず、一言ももらすまいと、小さなノートにメモを取っていました。その姿を見たときに、あたしはこらえきれなくなり、ハンカチを顔にあてました。

 あたしは、思いました。
あたしの「父」は、三十半ばで病死したと子供のとき祖母から聞きました。そして、「父」は、母と結婚したときには、医学生であり、離婚後は、九州のどこかの田舎で医者をしていたと、去年母からはじめて聞きました。もしあたしが一緒に暮らしていたならば、あたしは、あの子と同じくらいの年だったのでしょう。彼女は何を思いメモを取っているのでしょうか。
冷静さを一生懸命保っている様子の田中先生。先生のひとつずつ言葉を区切った説明が続きます。あたしは、嗚咽しないように、ハンカチを強くあてて我慢しました。


 病院を出たときはもう日暮れの時間になっていました。
 私が休日夜間の出入り口から出てくると、誰かがこちらに向かって走ってきました。逆光で顔はみえませんでしたが、青いつなぎですぐに大地君とわかりました。
えっ、待っててくれたんだー。
彼は、あたしの目の前に立ちました。あたしの曇った顔が映っていたのでしょう、大地君はただ短く微笑んで、
「お疲れ」
ただそれだけ言って、駐車場の方へ歩き出しました。
 本当は、ありがとうって、言いたかったのですが、泣き出してしまいそうで、何も言えず、背中をみつめ歩きました。

 ワゴン車に乗り込み大地君が「どうだった?」と優しく聞いたので、シートベルトを締めながら、スミレ先生のように首を横に二回ふりました。
「つばきちゃん、頑張ったよ」
 トントン、あたしのオツムに大地君の大きな手のひらが跳ねました。躊躇しながらも、大地君は、あたしを励ましてくれているのです。もう、泣いていました。あたしは、何もできませでした。何も頑張ってないのです。
「いや、頑張ったよ」
 ありがとう、大地君。でも、ほんとうに頑張っていたのは、あの子のほうだと思います。必死でメモをとる少女。その話をぽつりぽつりと大地君に話しました。彼は、まっすぐに前を見て運転しながら、答えてくれました。
「きっと、その子は、頑張って医者とか看護師になるんじゃないか。そうじゃなくても、命をつなぐ仕事を選ぶと思うよ」
 古いワゴン車のヒーターは利かなく、寒かったのですが、だんだんと温まってきました。
 大地君の視線の先には、落ちてゆく夕日がありました。
【第八話】バレタインデー BY つばき
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    第十一話 よーい、スタート!(BY アオイ)

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  • (2017.06.02)

    第十二話 1997(BY つばき)

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  • (2017.06.09)

    第十三話 つばき体験工房(BY つばき)

  • 『謙虚、見栄を張らない気取らない魅力』つばきの花の言葉です。ぜんぜん私は、そんなふうになってません。なぜ、父、白井蓮先生は、このような名前を付けたのでしょうか。「つばき」には、実は、たくさん種類があるのですが、…[続きを見る]

  • (2017.06.16)

    第十四話(最終話) 頭ヶ島天主堂(BY つばき)

  • あたしは、ひとりで、電気自動車を運転していました。運転は、快適でした。そんなに車もなく、天気は良く景色は最高でしたから。でも、どうして、七坂先生は、あたしをひとりで行かせたかったのでしょうか。若干、不安を抱…[続きを見る]

著者プロフィール

  • 崎長 ライト

    長崎大学病院 医療教育開発センター長 浜田久之(内科医)
    長崎県生まれ。

医者になりたかったのに、なぜか高校時代は文科系で、読書好きのラガーマン。浪人、大学中退、放浪、バーテンダー…、予備校講師を経てやっと医大生。

医学生時代は、学習塾経営。学生結婚しました~。学習塾は大繁盛しバブル時代を謳歌しましたが、自分の成績は悪く、最後の模試は105人中100番(汗)。いい仲間のおかげで助けられて、何とか卒業しました(涙)。
初期研修は大学病院で、その後様々な地域の病院で一生懸命働きました、勉強もしました。引っ越し回数20回以上!市中病院の総合診療科病棟の立ち上げ後、トロント大学に家庭医学と医学教育を2年間学びました。これが、人生の転機となりました。 研修医教育(≒マッチング業界)歴は、15年くらいです。ほぼ毎日、1年次研修医の外来研修を熱血指導(半分嫌がられてますが…)しています!

資格:博士(医学)、博士(教育)、消化器病専門医、プライマリケア学会専門医など
趣味:思案橋でハイボールを飲みながら、世間話。特に、ジャニーズや芸能ネタは好きです(笑)。
小説:『小さな世界平和』 (※長崎新聞社新春小説大賞佳作)
   『フルマッチ』

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