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プロフェッショナルインタビュー 2026-02-10

第5回「私たちには『終診』という言葉がありません。」福田総合病院 心臓センター 米田正始センター長

話題沸騰!数々の人気番組に出演している医師たちが語る 「キャリア」「信念」「未来」そのすべてに迫るインタビュー! どのようにしてスキルを高め、逆境を乗り越えてきたのか?日常の葛藤、医師としての信条、そして描く未来のビジョンとは――。

【出演番組一部抜粋】
世界のスーパードクターほか、人気メディアに出演

今回のゲストは、福田総合病院の「米田 正始」先生です!
第5回「私たちには『終診』という言葉がありません。」をお話しいただきます。

目次

プロフィール

名 前:

米田(こめだ) 正始(まさし)

病院名:

福田総合病院

所 属:

心臓センター

資 格:

・日本胸部外科学会認定医・指導医
・日本外科学会認定医・専門医
・三学会構成心臓血管外科専門医認定医機構心臓血管外科専門医
 修練指導医
・米国胸部外科学会(AATS)会員
・AATS Mitral Conclave(僧帽弁シンポジウム) Faculty
・米国臨床胸部外科医会(STS)会員
・ヨーロッパ心臓胸部外科学会(EACTS)会員
・アジア心臓胸部外科学会(ASCVS)会員・理事
・アジア弁膜症アカデミー(Mulu弁膜症国際シンポジウム)理事
 第9回国際シンポジウム会長
・日本冠疾患学会理事・名誉会員
・日本冠動脈外科学会理事・幹事
・日本低侵襲心臓手術学会(旧Japan MICS Summit)世話人・理事
・日本心臓血管外科学会理事・特別会員など
・神戸大学大学院非常勤講師
・岡山大学大学院非常勤講師
・中国・大連大学医学院附属中心医院客員教授
・中国人民解放軍第二軍医大学客座教授
・中国・天津医科大学・泰達国際心臓血管病院客員教授
・昭和大学客員教授、All About 心臓病 ガイド など
先生の写真
先生の写真

経 歴:

・1955年に奈良県橿原市で生まれる。
・1981年に京都大学を卒業後、天理よろづ相談所病院でジュニアレジデントとなる。
・1983年に天理よろづ相談所病院でシニアレジデント、心臓血管外科上級研修医となる。
・1987年に天理よろづ相談所病院心臓血管外科医員となる。
・1987年にトロント大学トロント西病院心臓血管外科に上級医員として留学する。
・1990年にトロント大学トロント総合病院心臓外科に上級医員として留学する。
・1993年にスタンフォード大学医学部メディカルセンターに上級研究員として留学する。
・1996年にメルボルン大学医学部心臓血管外科に主任外科医・助教授として着任する。
・1998年に京都大学医学部心臓血管外科教授に就任する。
・2007年に豊橋ハートセンター、大和成和病院心臓血管外科スーパーバイザーに就任する。
・2008年に名古屋ハートセンターに副院長、心臓血管外科統括部長として着任する。
・2013年に高の原中央病院かんさいハートセンターに特任院長、ハートセンター長、心臓血管外科部長として着任する。
・2015年に仁泉会病院心臓血管外科部長(2024年まで)、野崎徳洲会病院心臓血管外科スーパーバイザー(2016年まで)を兼任する。
・2016年に医誠会病院心臓センターにスーパーバイザーとして着任する。
・2020年に福田総合病院に心臓センター長として着任する。

これからの心臓血管外科

━━ これからの心臓血管外科はどのようになっていくのでしょうか。

 心臓血管外科だけでなく、外科の役割が変わっていくでしょう。今は薬や内視鏡など、内科の進歩が目覚ましく、これからは外科以上のことができるようになるかもしれません。
すると、外科は内科では治せない、さらに重症な患者さんや看取りの状態になりそうな患者さんを助ける役割を担うことになります。こういう患者さんを切り開くのが外科で、外科が切り開いたら、今度は内科が治していくということですね。だから、外科医はいつもフロンティアを持っていないと、いずれ消滅する運命にあります。フロンティア自体は一杯ありますので、それを探していきましょう。
しかし同時に外科医が内科的治療もできるようになるといいです。例えば眼科や耳鼻咽喉科ではいい手術を数多くされていますが、眼内科や耳鼻咽喉内科などはありません。眼科医や耳鼻咽喉科医は自分で診断をつけ、手術もし、アフターフォローもしているのです。だから、これからの外科医にはそういう面も必要になるでしょう。

━━ 先生は今、内科医的な役割もされていますよね。

 福田記念病院で初診をして、検査をして、「これは手術しなきゃな」という状況であれば一宮西病院で手術をして、少し落ち着いたら福田記念病院でリハビリをして、そのあともずっと診ています。
私たちには「終診」という言葉がありません。「終診」というのは「あなたはもう来なくてよろしい」というものですが、私は「どちらかが死ぬまで付き合いましょう」と思っています。
そうすると、手術後に5年、10年と経ってくると、細かいことも含めて、色々なことが起きるようになります。心臓とは全く関係のない臓器のがんなどですが、そういうことにも対応していかなくてはいけません。逆にそういうことを考えると、手術を工夫する必要も出てきます。
そのため、内科的な視点を持っておくことは大切です。これまでは内科の先生におんぶに抱っこで、与えていただいた症例をせっせとこなすみたいなところがあり、それも悪くはないのですが、やはり内科をある程度は経験して、内科の先生の苦労も知っておくことが役に立っています。

━━ 先生が今、注目されているフロンティアはどのようなものですか。

 拡張型心筋症も肥大型心筋症も手術後の患者さんは皆さん、お元気でいらっしゃいますが、これも治したいな、あれも治したいなと思っている疾患は色々とあります。これまで「手術できません」とお断りしたことは手術に耐えられそうにない方以外はないのですが、まだ日本全国には手術ができず、看取りのような状況になっている方の中に私が助けられそうな方は相当数いらっしゃるので、そういう方を救いたいというのもフロンティアの一つになっています。

先生の写真

1990年アメリカ胸部外科学会でトロント仲間と


━━  若手医師へのメッセージをお願いします。

 こんなことを言っていいのか分からないのですが、綺麗事ではなく、真面目にお話をします。お蔭様で、今は勤務医も普通にゆとりを持って暮らしていけるような給料をもらっています。しかし遠からず、その給料が半分になるのではないかという話が出ています。

━━ 医療費削減ということでしょうか。

 そうです。医療費削減の一環として、医師の給料を下げるという話です。厚生労働省は「医師がベンツに乗るのはおかしい。クラウンぐらいでいいのだ」と考えています。分かりやすく言うと、年収を800万円にしようという目論見ですね。
「そんなことになるわけない」と言う人はいますが、実は20年前に歯科医師の給料を下げようという話が厚生労働省で議論され、実際に歯科医師の年収は800万円どころか、もっと下がっています。開業する歯科医師も減っていますし、年収300万円、400万円の先生方もいらっしゃるので、むしろ開業できないのです。厚生労働省はそこまでやっていますし、やろうと思えばできるんです。保険点数を下げれば済むだけの話で、厚生労働省の官僚は誰と戦うこともなく、好きなように制度を作れます。

━━ 最近の診療報酬改定で診療所の収益も厳しくなっています。

 もっともっと厳しくなるでしょうね。厚生労働省が開業医の数を今の半分にしようと思えば、簡単にできます。保険点数を下げたらいいんです。そうなると、そこから溢れ出た人は勤務医になるか、引退かという選択肢になります。そして、勤務医の数が増えれば、勤務医の給料も減ることになります。
若い人へのメッセージでこんなことを言ってもという気もするのですが、そういう現実を知っておかないといけません。我々は夢の中で暮らしているわけではありません。今後、年収800万円になる可能性はかなりあります。ただし、これは平均で800万円という意味であり、いい仕事をする人はその2倍以上になるでしょうし、いい仕事ができない人は800万円の半分にもいかないかもしれません。
そのため、何が本当に求められているのかを考えたうえで努力してくださいというメッセージを送りたいです。それは難しい話ではありません。患者さんのニーズ、病院からのニーズはどこにあるのかということです。それが分かれば、外来に来られる患者さんの数が増えてきますし、病院からの覚えもめでたくなります。

━━ そうなると、収入も増えますか。

 国公立の病院ではいくら忙しくても給料は一緒かもしれませんが、民間病院は違います。むしろ実力社会が加速していきますので、患者さんに喜ばれないような医師はどんどん給料が下がっていきます。実際にその動きは出てきています。だから、医学生も若い先生方もそこを考えて努力してほしいです。
要するに、良い医師になれば遣り甲斐を持って、充実した生活が送れます。以前のように、医師になれたら誰もが裕福に暮らせる時代はもうすぐ終わります。

━━ 海外に流出する先生方も増えそうです。

 研修医時代に私が教えさせてもらった先生方の中には既にアメリカの永住コースに入った人が何人もいます。そういう若い世代が何とか日本に帰ってきてもらえないかなと思うのですが、アメリカと日本ではやはり給料が違いますしね。当然、遣り甲斐も違います。
私がアメリカに行った頃はアメリカの病院の心臓血管外科で外国人がスタッフになることを目指してもなかなか許してもらえませんでした。でも、今は違います。心臓血管外科は厳しい診療科なので、希望者が減っており、ポストに空きが出ていて、外国人でもスタッフになりやすくなったんです。それで立派な医師であれば、向こうから「どうぞどうぞ」という状況になり、やる気があって、優秀な日本人医師がアメリカの病院のスタッフになるケースが激増しています。
「ピンチのあとにチャンスあり」というのはこのことかと実感しますが、一方で、日本はどうあるべきなのか、厚生労働省にはしっかり考えてほしいです。立派な医師が少しならまだしも、次々に流出して、これだけの数になったというのは日本のプロ野球選手が次々にメジャーリーガーになっている状況と似ていますね。だから、そういう人たちが増えてくることで、日本もこれではいけない、何とかしなければという気運になってくると嬉しいです。

連載: プロフェッショナルインタビュー