【出演番組一部抜粋】
情熱大陸、クローズアップ現代
今回は【湘南藤沢徳洲会病院 機能的神経疾患センター長】山本一徹先生のインタビューです!
湘南鎌倉総合病院にて初期研修をした理由。離島医療にて得られた経験。
留学した経緯やどのようにして手技スキルを高めていったのかなど、語っていただきました――。
テーマは 第7回「プロセスの中で欠かせなかったのがSNSの活用です。」をお話しいただきます。
目次
2. 湘南藤沢徳洲会病院に機能的神経疾患センターを立ち上げることはトロントで構想されたのですか。
3. 機能神経外科に特化した仕事をされることがご希望だったのですね。
4. センターの立ち上げにあたっては苦労されましたか。
5. 機材などはどのように揃えていかれたのですか。
6. 帰国後はどのように周知されていったのですか。
7. SNSをどのように活用されていったのですか。
プロフィール
名 前:
病院名:
所 属:
資 格:
日本脳神経外科学会専門医・指導医
日本脊髄外科学会認定医
日本脊椎脊髄病学会認定脊椎脊髄外科専門医など。
学 位:
経 歴:
・2010年 札幌医科大学を卒業後、湘南鎌倉総合病院で初期研修を行う。
・2012年 湘南鎌倉総合病院で脳神経外科の後期研修を行う。
・2016年 湘南鎌倉総合病院脳神経外科に勤務する。
・2019年 東京女子医科大学病院に勤務し、平孝臣氏に師事する。
・2020年 トロント大学Toronto Western Hospitalに勤務し、トロント大学のアンドレス・ロザーノ氏に師事する。
・2022年 帰国後に湘南藤沢徳洲会病院機能的神経疾患センターのセンター長に就任する。
湘南藤沢徳洲会病院へ
━━ 湘南藤沢徳洲会病院に機能的神経疾患センターを立ち上げることはトロントで構想されたのですか。
いえ、トロントに行く前の湘南鎌倉総合病院にいるときから考えていました。これにはいくつか理由があります。
その理由の一つがMRI室で行う集束超音波治療の治療装置が入っている病院が当院、湘南藤沢徳洲会病院だったことです。私は湘鎌に勤務しているときに、この集束超音波治療をするために当院に来ていたんです。当院にこの装置が導入されるタイミングで、「治療をしてくれる脳神経外科医はいないか」という声がかかり、湘鎌の上司だった権藤学司先生が「山本先生にやってもらいましょう」と指名してくださったのがきっかけです。
このような経緯で、私は平孝臣先生にご指導を受けながら当院で集束超音波治療を行っていました。私は高周波熱凝固術(RF)も脳深部刺激療法(DBS)も集束超音波治療(FUS)も全て同じ病院で行うことが理想的だと考えていますので、FUSの治療装置が既に入っていた当院はうってつけの病院だったんです。また、当院にたびたび治療に来ていたことから、職場環境にもある程度慣れていました。どのような労働環境なのかをある程度、分かっているという理由もあり、そこで働いている先生方も知っているわけです。
それからもう一つ、実は留学する前に当時から当院の総長でいらした亀井徹正先生にも「機能神経外科をしたい」というお話をして、ご理解をいただいていました。亀井総長は脳神経内科医でいらっしゃいますが、脳神経内科医の中には機能神経外科に対してご理解のある方もいれば、アンチの方もいらっしゃいます。でも亀井総長はご理解のある方で、「是非やりましょう」とおっしゃってくださったので、有り難かったです。病院としても、徳洲会グループとしても私の仕事を後押ししてくださるのであれば、こんなに有り難い話はないと考え、日本に戻ってきたら当院で仕事をしたい、当院で機能神経外科のセンターを立ち上げ、機能神経外科に専念した仕事をしていきたいと思いました。
━━ 機能神経外科に特化した仕事をされることがご希望だったのですね。
機能神経外科を行うにあたり、例えば一般的な脳神経外科をしながら機能神経外科もしていくとなると、この領域で困っている、より多くの方を救うことは困難だと考えていましたので、是非とも機能神経外科に集中してやりたかったです。当初から機能神経外科だけに専念させていただいて、できる限り多くの方に来ていただき、そういう方の力になりたいと考えていましたので、そういう意味でも亀井総長にご理解いただけていたことは追い風になりました。
━━ センターの立ち上げにあたっては苦労されましたか。
苦労しました(笑)。機能神経外科は脳神経外科の中でも特殊ですし、一般的ではない領域なので、皆さんがご存じないのです。特殊な領域というのは一般的には行われていないという意味です。この領域を行っている病院は日本には少ないですし、世界的に見ても多くないです。
そのため、日本に帰ってくる前にほかの医療スタッフの方々に「こういう領域で治療を行いたいと考えています」ということをあらかじめ伝えておかなくてはいけませんでした。それを海外にいながらするとなると時差もありますし、難しかったです。オンラインでミーティングをしようとしても、カナダと日本では昼夜が逆で、忙しい皆さんに時間を取っていただくことも申し訳なく、まずは文章でやり取りしました。
知っておいていただきたい内容は外来、手術室、看護部などの部署ごとに違いますし、亀井総長をはじめ、ほかの方々に「この文書を各部署に渡してください」とお願いしました。それでも十分に伝えることは容易でないと考えていましたので、日本に戻ってきてからミーティングを開き、こういう内容で診療するというプレゼンテーションをして、いよいよ開始という流れになりました。
━━ 機材などはどのように揃えていかれたのですか。
機能神経外科では手術の機械も特殊な道具が必要ですので、機械を購入していただくにあたっても、理想は私がカナダにいる間に購入していただき、帰国直後からスムーズに開始したかったのですが、購入していただくには稟議を通す必要もあり、私が帰国してからの手続きになると一貫して言われていました。それはルールなので、仕方なかったですね。それで帰国後に申請して、稟議が通って、業者とやり取りして購入に至るまでのプロセスには当然、時間がかかりましたので、初期の段階では既に治療装置のある集束超音波治療のみを行っていました。
━━ 帰国後はどのように周知されていったのですか。
初期の段階では「こういう手術を開始するので、こういう疾患のある方を送ってくださいね」という形で近隣の医療施設や全国のグループ病院へお伝えしていましたし、月に1回の公開医療講座で患者さんにお知らせする活動もしていました。それから、専門外来を立ち上げました。最初は閑古鳥が鳴いていましたが、少しずつ患者さんに来ていただけるようになりました。そのプロセスの中で欠かせなかったのがSNSの活用です。
私はカナダにいるときにSNSは絶対に利用しなくてはいけないと思っていました。トロント大学ではFacebookを使って臨床試験の患者さんを募ったりしていたからです。例えば「アルツハイマー病の患者さんに対するDBSの臨床試験を行っています」という募集をFacebookでかけたりしていたので、日本に帰ってもSNSを使わない手はないと考えていました。
ただ、医療とSNSとの間には少し難しい関係性があり、カナダに行く前は宣伝としてどこまで使っていいのかという迷いもありました。決して商用であってはいけないからです。一方で、患者さんには正しい知識や治療できる場所を知っていただきたかったので、葛藤もありました。
しかし、トロント大学の病院で教授陣がSNSを正当に活用しているのを見て、これは医療との相性が悪いとは言い切れず、使い方次第では有用なツールなのだと実感したことで、葛藤や曇りが晴れ、帰国後はSNSを活用しないといけないという思いがより確かになりました。
━━ SNSをどのように活用されていったのですか。
私はSNSを使った経験が全くなく、自分の近況を報告するようなSNSの投稿もしたことがありませんでした。SNSに関しては知識もスキルもなかったのです。そんな中で、当院のマーケティング課に町田詩織さんがいらっしゃったことは渡りに船でした。
町田さんは広報のプロでSNSに造詣が深く、「こういうアルゴリズムがあるので、こういうふうに投稿したほうがいいですよ」と、豊富な知識と経験のもとでのアドバイスをくださいました。本当に有り難かったですね。それでSNSを使って、世の中に機能神経外科という領域を知っていただく取り組みを開始しました。フォロワーもなかなか増えず、投稿の内容も難しいので、町田さんには手取り足取り教えていただきました。 最初の目標は「SNSを見て、外来に来ました」という患者さんが一人でもいらっしゃることでした。それから雑誌の取材などのお話を少しずついただくようになり、それも大きかったですね。町田さんも「SNSは時間がかかるものだ」とおっしゃっていましたが、ようやく外来に「SNSを見てきました」という患者さんが来られて、最初の目標を達成したと思ったら、連鎖するようにますます増えていったんです。
症状で困っている方やそのご家族の方がSNSをフォローしてくださる傾向があり、「こんなのがあるから行ってみたら」と知人から教わったという方もいらっしゃったり、SNSを見たら自分の症状と同じだということで、患者さんご本人、ご家族やご親戚、ご友人の方々に口コミで連鎖していきました。口コミの力もすごいですね。そのあとは実際に治療を受けてみると症状が劇的に良くなった、治ってしまったという方々が更に口コミで広げてくださり、SNSと口コミの効果で、患者さんの数は指数関数的に増えていきました。