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プロフェッショナルインタビュー 2025-09-30

第5回「30年後、あるいは50年後にどうなっているのかは本当に読めません。」奈良県立医科大学病院 笠原敬教授

数々の人気番組に出演し、大きな反響を呼んだ医師の方々に直接インタビューをいただくシリーズ! 番組では語り尽くせなかった日常の葛藤や医師としての信念、そして未来への展望とは

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【出演番組一部抜粋】
プロフェッショナル 仕事の流儀、NHKスペシャル

今回のゲストは、奈良県立医科大学病院の「笠原 敬」先生です!
テーマは 第5回「30年後、あるいは50年後にどうなっているのかは本当に読めません。」をお話しいただきます。

目次

プロフィール

名 前

笠原(かさはら) 敬(けい)

病院名

奈良県立医科大学病院

所 属

感染症内科

資 格

・日本感染症学会専門医・指導医
・日本化学療法学会抗菌化学療法指導医
・日本内科学会総合内科専門医、ICD(Infection Control Doctor)など
先生の写真
先生の写真

経 歴

1973年に奈良県橿原市で生まれる。
1999年に奈良県立医科大学を卒業後、奈良県立医科大学附属病院第二内科で初期研修を行う。
2001年に奈良県立医科大学大学院に進学し、2005年に奈良県立医科大学大学院を修了する。
2005年に奈良県立医科大学附属病院感染症センターに勤務する。
2009年にペンシルバニア大学に留学し、感染症医であり、微生物検査室ディレクターでもあったエーデルスタイン氏に師事する。
2010年に奈良県立医科大学附属病院感染症センターで講師、感染管理室長に就任する。
2015年に奈良県立医科大学附属病院准教授、副センター長を経て、2022年に奈良県立医科大学附属病院感染症センター教授に就任する。
2023年10月1日に奈良県立医科大学に感染症内科講座を開設する。

━━ 今後、感染症はどのようになっていくと思いますか。

 感染症に関しては行政的にも社会からもニーズが非常に高まっており、特に行政的には新しい医療計画が示され、5疾病6事業となりました。地域医療構想の6事業の中に新興感染症医療が新しく入っているので、今後コロナのような感染症や新興感染症が起きたときに、どういうふうにそれに対応していくのかを世界的に考えていかなくてはいけない状況で、その核になれる存在が感染症専門医です。感染症指定医療機関になっている病院もありますが、そこに感染症専門医を配置できているところはまだ3割か4割ほどしかないので、まずは感染症指定医療機関に感染症専門医を最低1人は配置することが行政的にも必要でしょう。医師配置の問題は私の専門でもないですし、医局人事での医師の配置はどうなのかという話もありますが、医師偏在の問題も改善されていません。文科省からの通知には「大学が医師を育成して、医師を配置するべきだ」みたいなことが書かれていますが、こういう感染症のように行政との関係が密接な領域だと、医師が「どこで働きたい」という自由意志だけで決められることばかりではありません。
奈良医大は奈良県立ですし、そういう公的機関が地域の事情をある程度考えて、医師を配置していく必要があるでしょう。私もこれまでは「年に1人ぐらい医局に入ってくれたらいいな」などと育成に関しては割とぼんやりとしていましたが、奈良県内に感染症指定医療機関がいくつあるのか、何人ぐらい医局員がいて、5年後や10年後はどうなっているのかというシミュレーションが実際にできるわけです。
学生にはそういうことも戦略的に示したうえで、医局員を募り、その中から開業したり、行政に行く感染症専門医もいるはずなので、その人数も加えたうえで育成していく必要があります。
学生や研修医にはどうしてそういう人数が必要なのか、どういう仕事が求められるのかをなるべく明確に示し、4年生ぐらいの早い段階で実習に回ってきたら、「感染症内科に入局して、感染症内科医として働きませんか」と勧誘しています。感染症専門医と感染症内科、特に奈良県における感染症内科は、私の立場としてもしっかりとビジョンを示す必要があると思うので、現在はそういう形で勧誘をしています。
感染症分野に興味を持つ人の多くは「抗菌薬をいかに使いこなすか」という治療面に魅力を感じがちですが、最も重要なのは「感染症をいかに未然に防ぐか」ということです。私の実感として、感染症専門医の業務の半分は、この予防のための活動が占めていると言っても過言ではありません。特に、この予防を地域全体で効果的に進めるためには、個々の病院の垣根を越えて活躍できる医師が不可欠であり、そうした人材を育成・輩出する医局の役割に大きな期待が寄せられていると感じています。

━━ 医局説明資料の中に「感染症対策とは何かをできなくするものではなく、何かをできるようにするものだ」といったとても興味深い言葉がありました。これはどのような経緯で生まれたものなのですか。

 これは常に言っていることですが、なかなか広がらないんです。手術をしないと術後感染は起きませんし、院内感染を起こしたくなければ入院しなければいいという話ですよね。3密を避けろというのは密にならなければ感染という現象もそもそも起きません。例えば、今から津波が来そうだというときに「高台に逃げてください」、地震が来るときに「机の下に隠れてください」と言われても、その後ずっと高台で暮らしてください、机の下で暮らしてくださいということにはなりません。コロナ禍でも次々に人が亡くなる、ばたばた倒れていくという状況のときは密を避ければ感染せずに済んだわけで、これはこれで成功しました。しかし、2、3カ月であればそれで良かったのですが、それを2、3年引きずったのが問題です。次は人と人が接触しても感染しないためにはどうしたらいいのか、密閉空間や密集していても感染しないためにはどうしたらいいのかという方向にシフトしていくべきだったと思います。実際に私たちがしている感染対策や感染症診療には術後感染を起こしたくないから手術を止める、院内感染を起こしたくないから入院そのものを止めるという発想はありません。しかし、一般の方からは私たちも政府と同じ考えなのかと思われていそうですし、この点がとても歯がゆいですね。私たち感染症の専門家は、「何かをできるようにする」ために感染対策の指導を行っているのです。

先生の写真

感染症内科学講座医局員集合写真(2025年4月)

━━ そういう中で、印象に残っている出来事はありますか。

 2020年7月頃に奈良県立医科大学の近くで夏祭りをするという話があり、その担当者から開催するにあたって相談に乗ってほしいと言われたことがありました。そこから、どうやったら開催できるかなと考え、担当者に「例年のプログラムを見せてほしい」と依頼しました。夏祭りは2日間にわたって開催され、出店や花火などの出し物が多くありました。さすがに全ては難しそうだったので、「この中でどれをやったら、夏祭りをやったことになりますか」と質問すると、担当者は「これまで、そんなことを考えたこともなかった」と言い、それから祭りの本質は何だという熱い議論が始まりました。
最終的には100年以上続いているお神輿を皆さんに見せること、それを子どもたちに担がせることが大事だと分かりました。地域の文化を繋いでいくための夏祭りということですね。それで色々とアドバイスを行って開催できたのですが、終了後に自治会の会長さんのような立場の方から「中途半端にやって感染が起こると責任問題になるので、本当は先生に夏祭りを止めろと言ってほしかったんです」と言われ、意表を突かれたので驚きました。でも、この経験を通して、コロナ禍で立ち止まるだけでなく、結果的には物事の本質を考え直す、いい機会になったと感じました。これは強調したいことですが、感染症の専門家は人が何かをしたいというときに、それを止めるという選択をすると負けになります。夏祭りもそうでしたし、手術や入院も「しない」という選択をすると負けです。感染対策的な価値で言うと、それをやって感染を起こさなかったということが勝ちなんです。
東大寺の修二会(お水取り)は、その究極の形でしたね。「1270回目のお水取りを絶対にやる」というのは、彼ら自身の決意であり、私はそれに感染症対策という観点から寄り添っただけでした。

先生の写真

東大寺修二会の感染対策指導

━━ ベンチャー企業も設立されたとか。

 本学の細井裕司理事長が常々「これからはアントレプレナーシップが大事だ」とおっしゃっていて、大学としてもベンチャー企業の設立を後押ししてくださるという流れがあったんです。それならばと一念発起し、「MBT感染対策支援コンサルティング株式会社」を設立しました。その名の通り、感染症に関する様々なコンサルティングを行っています。大学という組織の中ではお受けするのが難しいご依頼やご相談にも、会社という立場なら機動的に対応できます。また、様々な企業や個人の方々と直接やりとりをさせていただく中で、これまで知らなかった視点や考え方に触れることができ、経営者としての学びも非常に大きいです。大学にいただけでは得られなかった経験ばかりで、設立して本当に良かったと思っています。

先生の写真

奈良医大発ベンチャー企業認定証を手に

━━ 最後に医学生や若手医師に向けてのメッセージをお願いします。

 進路についてはきちんと決めている人とまだ全然決められていない人に分かれているようです。決めていける人は私が何も言わなくても自分で決めていくし、なかなか決められない人も色々な契機が訪れ、そのときの雰囲気で何となく流されたり、勧誘されたりで、何かを決めていくでしょう。全ての物事を決めるのは結局は時間なのかもしれません。どんなに辛くても、どんなに楽でも、時間だけは確実に過ぎ、必ず終わりがきます。その中で一つ言えるとすると、ポジティブシンキングが大事だということです。自分のキャリアを強みとして活かしていきたいですね。例えば、私は生まれも奈良で、学校もずっと奈良で、外に出たことがないことがコンプレックスでした。2000年頃はぬくぬくとした温室のような居心地の良い環境から抜け出し、色々なところで自分を試して、挑戦して成長するべきだという風潮が強かったのですが、そういうことができる人は少なかったです。逆にそういう環境にいた人たちから発せられる説得力のあるメッセージもあるでしょうし、どんな道を選んでも、それが正解かどうかは自分の納得で決まります。折角選んだキャリアならそれが自分の強みとして説明がつくような形で考えたほうがいいですね。私は後悔するのがあまり好きではありません。ああしたら良かったな、こうしたら良かったなということは頭をよぎりますが、それを考え続けても仕方がないので、「こうしたら良かったかもしれないけれど、こうした結果、こういうふうに見たら、何かプラスになっている気がする」と捉えると、そこまで辛くならずに生きていけますよ。30年後、あるいは50年後にどうなっているのかは本当に読めませんので、だからこそ、そのときどきで後悔しない選択をする必要があります。これからはとても大変な時代になりますが、ポジティブに捉えれば、正解がない分、何をしても正解だという考え方もできますので、自信を持ってやっていきましょう。そういう人を見たら、応援したいなと思っています。

連載: プロフェッショナルインタビュー

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