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ハッピー♡マッチ
崎長 ライト  編集:杜 美樹  挿絵:羽野 ねねこ
第三部 出会いと別れ 春 第十話 カフェモカ
2017.03.10

 大地君は、すぐにやって来ました。
どうやら近くまで来ていたらしく、あたしが電話を入れると、すぐやってきました。
 三度目のジャスコです。フードコートです。
三度目の長崎ちゃんぽんではなく、今回はふたりともコーヒーショップで買ってきたカフェモカを持って、フードコートの真ん中あたりに席をみつけて座りました。ゴールデンウイークの最後の日ということでかなり混雑していました。
 さらに、前回までと大きく違ったのは、大地君は短く髪を切りスーツ姿です。びっくりです。ザ・社会人という感じです。ところで、彼は、いったい何をしに来たのでしょうか。
「ああ、髪切ったんだね」
 あたしの髪型にも気づいてくれてます。
うれしいのですが、ちょっと複雑…。とりあえず、うなずきました。彼の青のストライプのネクタイはとても似合っています。今日はあたしも短めの髪に似合う春物の白のブラウスとジーンズを組み合わせています。ちょっとおしゃれにしていて良かったと思います。並んで座っていても違和感はないと思います。でも、さっきからあたし、何も話してない…。何か話さないと…。
「大地君も…」
 これで精いっぱいでした。
「短い髪が似合ってるよ」とか、「彼女ができたのかなあ?」とか、明るくさっぱり、未練なんかありません! みたいな感じを演出したかったのですが…、顔を見ると全然ダメです。また、数ヵ月前の感情が湧き出てくるようで…。
「この前のシフォンケーキ美味しかった」
 あー、だからー、そんなこと言うと…。
「めっちゃ、美味しかった」
 ああー、ダメだー。全然吹っ切れてない、あたし。
「ホントに、ありがとう。電話番号の入ったカードも入れててくれて」
 えっ、そうだったけー。忘れてたー。だから番号知ってたのね。
「連絡しなくて、ごめん、いろいろ忙しくて」

 いや、そんなに、頭下げると、あたしのカフェモカのクリームが頭につくよー。それに、もう終わったことじゃないですか。何も謝る必要は…。もう、帰ろう。ジャニオタの性格は基本、しつこいのだから、これ以上関わるとあたしは、ストーカーになるかもしれないよ…。椅子を引いて、立ち上がろうと前かがみになった時、彼の顔が寄ってきました。今日はじめて目が合いました。
「就職が決まった」
 何? 就職? 今頃決まるの?
「院生の場合は、学部生とちょっと違うんだけど。さらに、オレの場合、専門分野が特殊だから、なかなか就職先がないんだけど…」
 ああ、そっかー。
 それをわざわざ報告に来てくれたわけね。いまさら、そんなことしなくてもいいのに。でも、素直にうれしい。
カップに口をつけます。少ししか飲めませんでした。カップから口を離し、あたしは、やっと、まともに口を開こうとしました。昔の恋にくよくよしていたらダメだ。前を向こう。お祝いの言葉を言って帰ろう。
「おめでとう」
「ありがとう」
 席を立とうとしましたが、できません。あたしの手はテーブルの上のカフェモカのカップを握ったままです。あたしの耳は彼の声に釘付けです。
 彼は、就職先が第一志望の大手のメーカーに決まったそうです。環境保全のプロジェクトにも出資している全国規模の大きな会社のようです。博士論文の進み具合も良く、教授が推薦してくれたそうです。見通しがついた、すこし余裕ができた、と嬉しそうです。
「よかったね」
「うん。おかげ様で、これでやっと…」
 わたしは迷っていました。
テーブルの上をナプキンで拭き、両手でカフェモカを握っていました。このまま、じゃあと言って立ち上がってサヨナラを言うか、じゃあお祝いの食事でもと言うべきか、揺れていました。
でも、食事に誘う勇気なんてどこにもないことに気づいてました。
 帰るか…。
その時、暖かいものを感じました。からだ全体をふわり包み込むような。えっ、なんだ、なんだろう。注意深くその感覚を追ってゆくと、テーブルの上のカフェモカを握った左手でした。あたしの左手は、大地君の右手でおおわれて、優しく固定されていました。ふたりの視線はカフェモカの揺れるクリームの上です。
なんだ、なんだ、何が始まるの?
「つばきちゃん」
 今度は、右手がぐっと握られました。かなり強い力です。両手に圧がかかってきました。
エ〜、ちょっと〜、何、な〜に。

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著者プロフィール

崎長 ライト
崎長 ライト
長崎大学病院 医療教育開発センター長 浜田久之(内科医)
長崎県生まれ。

医者になりたかったのに、なぜか高校時代は文科系で、読書好きのラガーマン。浪人、大学中退、放浪、バーテンダー…、予備校講師を経てやっと医大生。

医学生時代は、学習塾経営。学生結婚しました〜。学習塾は大繁盛しバブル時代を謳歌しましたが、自分の成績は悪く、最後の模試は105人中100番(汗)。いい仲間のおかげで助けられて、何とか卒業しました(涙)。
初期研修は大学病院で、その後様々な地域の病院で一生懸命働きました、勉強もしました。引っ越し回数20回以上!市中病院の総合診療科病棟の立ち上げ後、トロント大学に家庭医学と医学教育を2年間学びました。これが、人生の転機となりました。 研修医教育(≒マッチング業界)歴は、15年くらいです。ほぼ毎日、1年次研修医の外来研修を熱血指導(半分嫌がられてますが…)しています!

資格:博士(医学)、博士(教育)、消化器病専門医、プライマリケア学会専門医など
趣味:思案橋でハイボールを飲みながら、世間話。特に、ジャニーズや芸能ネタは好きです(笑)。
小説:『小さな世界平和』 (※長崎新聞社新春小説大賞佳作)
   『フルマッチ』

著者より一言:アクセスしてくれて、本当にありがとうございます!超〜、感謝です。
       ハッピーの積み重ねを感じる力が大事(長崎大学病院 医療教育開発センターWEBサイトより)