• このページをシェアする:
ハッピー♡マッチ
崎長 ライト  編集:杜 美樹  挿絵:羽野 ねねこ
第三部 出会いと別れ 春 第一話 距離? (BY アオイ)
2016.01.06

 二〇一七年、いよいよ今年は医学部最終学年。
充実した年になるように頑張ろう!
年明け初日の実習に備え眠ろうとした時、俊介からのメールが来た。ラインではなくメールだった。PCから打っているようだった。
新年のあいさつからはじまり、ふたりの出会いの云々、実習の大変さ、病院見学での様々な感想、マッチングのこと…、いろいろ書いていたが、ありきたりの教科書的なスキのない文章だった。
結局最後の一言を言いたいがために長々と書いていた。
『距離を置こう』
「バカじゃない」
 言葉に出して、私はそういったが、スマホを持つ手は震えて、足はすくんでいた。明け方まで眠れなかった。
「距離って何よ?」とか、「そんなに忙しいの?」とか、「好きな人ができたわけ?」とか、「別れるということ?」などの疑問形で返信する勇気はなかった。もちろん、「男なら、はっきりいいな!」「じゃあ、私がいってあげるわ!」「いまさら、バカじゃない!」などの感嘆符で返信できる強さも持ち合わせていなかった。
「バカじゃない」
 明け方、ベッドの中で、もう一度言った。自分に向かって。

 俊介のような自己中心的なプライドの高い(医学部というのはそういう人種が多いのだが)男を好きになってしまい、こうなることは最初から分かっていた。彼の目指すキャリアは、良い病院へ就職して初期研修で圧倒的な力を身に付けることだろう。そこには、日本の医学生約九千人の中での目に見えぬ競い合いがあるのかもしれない。
 俊介は、帝大やら有名私大のアクティビティーの高い同期たちと臨床系の勉強会を開催したり、USML(アメリカの医師国家試験)の教科書を勉強したりしている。格好も変わった。鳥の巣の頭でマリンスポーツに興じていた頃の面影はない。髪を短くしてムースで固め、白のワイシャツに紺色の細いネクタイを締めている。
 もう、すでに距離は置いているのだ。クリスマスにも電話が一本あっただけで、正月三ヶ日は音沙汰なかった。
これ以上距離をおくことなんて意味ない。
 結果は見えているのに、まだ期待している自分がバカじゃないかと思う。彼の人生のプランの中に、私の存在などないのだ。ここですっきりさせた方がいいじゃないか。その方が、年明けからお互い、気持ちよく前へ進めるじゃないか。



― 距離を置こう
― わかった、そうしましょう。

 そう返信した。
バカだと思う。初恋だし、恋愛経験がないから仕方ないのはわかる。しかし、こんな返信したら後々、苦しむのは自分だし、こじらせるのも自分なのだ。そんなことは、わかっている。要するに、私は、未練たらたらなのだが、理解のあるいい女を演じたいのだ。
「バカじゃない」
 そう繰り返して目を閉じたが、ほとんど眠れず一月四日朝を迎えた。

 なんとか病院に行き、白衣に着替えた。
「レイちゃん、遅いね。年明け初日なのに」
遅れてくるポリクリのメンバーをいらいらして待ち、一緒に病棟に上がり、心臓血管外科の朝カンファに出た。
「あけましておめでとうございます。今年も緊張感を持って…」
教授のありがたい新年のお言葉は何も響かない。
その後の症例検討会は、訳のわからない専門用語の砲弾が空中で飛び交う。気配を消して弾にあたらないように息をひそめるが、こういう時に限って、地雷を踏んだりする。教授が怒る。
「わかりません? 君、そんなことも勉強してないのか、名前は!」

バックナンバー

著者プロフィール

崎長 ライト
崎長 ライト
長崎大学病院 医療教育開発センター長 浜田久之(内科医)
長崎県生まれ。

医者になりたかったのに、なぜか高校時代は文科系で、読書好きのラガーマン。浪人、大学中退、放浪、バーテンダー…、予備校講師を経てやっと医大生。

医学生時代は、学習塾経営。学生結婚しました〜。学習塾は大繁盛しバブル時代を謳歌しましたが、自分の成績は悪く、最後の模試は105人中100番(汗)。いい仲間のおかげで助けられて、何とか卒業しました(涙)。
初期研修は大学病院で、その後様々な地域の病院で一生懸命働きました、勉強もしました。引っ越し回数20回以上!市中病院の総合診療科病棟の立ち上げ後、トロント大学に家庭医学と医学教育を2年間学びました。これが、人生の転機となりました。 研修医教育(≒マッチング業界)歴は、15年くらいです。ほぼ毎日、1年次研修医の外来研修を熱血指導(半分嫌がられてますが…)しています!

資格:博士(医学)、博士(教育)、消化器病専門医、プライマリケア学会専門医など
趣味:思案橋でハイボールを飲みながら、世間話。特に、ジャニーズや芸能ネタは好きです(笑)。
小説:『小さな世界平和』 (※長崎新聞社新春小説大賞佳作)
   『フルマッチ』

著者より一言:アクセスしてくれて、本当にありがとうございます!超〜、感謝です。
       ハッピーの積み重ねを感じる力が大事(長崎大学病院 医療教育開発センターWEBサイトより)