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ハッピー♡マッチ
崎長 ライト  編集:杜 美樹  挿絵:羽野 ねねこ
第二部 実家 冬 第六話 いつまで?
2016.12.02

 初恋が二十一才の秋。
 俊介と付き合うようになったのがその冬。
「ウッソーっ、遅すぎー、キモー」
 渋谷を歩くJKから笑われるかな? でも、恥ずかしくもなんともない。だって、私は医大生、女子。基本、まじめに勉強してきたのだ。なんの後ろめたさもない。
 医学部に入った時に母から言われた。
「アオイは、町田市役所か町田消防署の人と結婚するのよ。決して、医大生とかお医者さんと付き合ったらダメだよ」
「なんで?」
「医者になったら、あちこち転勤するのよ」
「ふーん」
「お父さんなんか、開業するまで十五回転勤したのよ。あなたも何回も転校したでしょ」
「四回じゃない。小学校の時、アメリカにも行ったからね」
「あの頃は、お父さんも大学に残って、ゆくゆくは…と、狙ってたんだと思うんだけどね、開業しちゃったからね」
「うん」
「地元が一番よ。地元を愛する人と、このクリニックを守っていってほしいのよ、母さんは。それが女の幸せよ」
「私が医者と結婚して、旦那にここを継いでもらえばいいじゃない」
 母は、ぎろりと私を見た。
「アオイちゃん」
ちゃん付けで呼ばれるときは、怒っている時か弱っている時のどっちかだ。
「世間は、そんなに甘くないのよ」

 確かにそうだ。
 秀兄ちゃんが浪人(半分引きこもり)していた時には、信用金庫はまったく融資してくれなかったが、私が医学部に入ったとたん風向きが変わった。融資が決まり、クリニックは法人化しデイケアを持ち、他にグループホームや高齢者専用住宅の経営にも乗り出した。

「母さん、やめてよ、私の名前勝手に使うの」
「評判いいのよ。『グループホーム・アオイ』って名前」
「………」
いまどれくらいの借金があるのだろうか?
 母は教えてくれない。確かに、世間は甘くない。こんな街のこんなクリニックをわざわざ継いでくれるような医者がいるわけがない。あたしが、男なら絶対、こんなクリニック付きの女と結婚しない。

「あなた、それが、いい人がいるのよ。市役所勤務で…」
 とにかく、母はめんどくさい。男勝りの生粋の江戸っ子(築地場外の乾物屋の次女)。何かと世話を焼き、短気ですぐに泣いて豪快に笑う。それなのに、奥様連中の前では、「ざ〜ます」と山の手出身のように見栄を張りまくる。
 中学の部活を続ける、続けないで対立したり、塾をどこにするかでもめたり、浪人時代にも志望校決めで介入してきたりしたが、献身的に私を育ててくれたことは事実だ。今思えば、父が開業してから、クリニックのいろんなトラブルを抱えながら、また、同居している父方の厳格な祖母の機嫌をうかがいながら、いろんなところに借金をして、九州出身の学究肌の父をよく支え続けていると思う。
 だが、母には、私の初恋は話してない。

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著者プロフィール

崎長 ライト
崎長 ライト
長崎大学病院 医療教育開発センター長 浜田久之(内科医)
長崎県生まれ。

医者になりたかったのに、なぜか高校時代は文科系で、読書好きのラガーマン。浪人、大学中退、放浪、バーテンダー…、予備校講師を経てやっと医大生。

医学生時代は、学習塾経営。学生結婚しました〜。学習塾は大繁盛しバブル時代を謳歌しましたが、自分の成績は悪く、最後の模試は105人中100番(汗)。いい仲間のおかげで助けられて、何とか卒業しました(涙)。
初期研修は大学病院で、その後様々な地域の病院で一生懸命働きました、勉強もしました。引っ越し回数20回以上!市中病院の総合診療科病棟の立ち上げ後、トロント大学に家庭医学と医学教育を2年間学びました。これが、人生の転機となりました。 研修医教育(≒マッチング業界)歴は、15年くらいです。ほぼ毎日、1年次研修医の外来研修を熱血指導(半分嫌がられてますが…)しています!

資格:博士(医学)、博士(教育)、消化器病専門医、プライマリケア学会専門医など
趣味:思案橋でハイボールを飲みながら、世間話。特に、ジャニーズや芸能ネタは好きです(笑)。
小説:『小さな世界平和』 (※長崎新聞社新春小説大賞佳作)
   『フルマッチ』

著者より一言:アクセスしてくれて、本当にありがとうございます!超〜、感謝です。
       ハッピーの積み重ねを感じる力が大事(長崎大学病院 医療教育開発センターWEBサイトより)