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ハッピー♡マッチ
崎長 ライト  編集:杜 美樹  挿絵:羽野 ねねこ
第二部 実家 冬 第四話 町田市ハローワーク (BY アオイ)
2016.11.18

 塾通いしていた頃を思い出しながら、町田街道を歩き、ハローワークに着いた。医学生とハローワークは無縁だけど、私は興味津々。
 ドアを開けた。
 入り口で、案内の男の人に「はじめてか」と聞かれ、はじめてと答えると、「マザーズ求人」か「一般求人」かと聞かれて、一般と答えた。二十四歳、「マザー」に見られてもしょうがないか。世間では適齢期というやつだが、医学部女子には、マッチングや国家試験で鬼のように忙しい繁忙期だ。
 その男から、じろりと上から下まで値踏みされ「検索はできるか」と聞かれ、できると答え、「希望職種は何か」と聞かれ、医療系と思わず言ってしまった。男は早口でまくし立てた。
「まずは、求人申し込み書類をちゃちゃっと書いて、受付に出して。パソコンの番号札もらえるから。職種から検索して、気に入ったら、求人番号控えて。詳しいこと聞きたいなら相談窓口で番号を言って。了解?」
 私は、感心してうなずいた。なるほど、そういうシステムか。マッチングとは全然違うな。
 奥に入る。

 混雑していた。中高年の男性が多いだろうと勝手に思っていたが、女性が多い。小さな子供を抱えた同年代と思える女性も何人かいた。キッズコーナーもあり、子どもが本をひろげたり、塗り絵をしていた。その奥にパソコンの並んだ検索コーナーがある。いちばん端に、小さな女の子を抱いた小柄な女性が座っていた。黄色のポロシャツに白のパンツにサンダル。忙しい中、精一杯のおしゃれをしてきた感じで、画面をのぞき込んでいる。眉間に、しわがよる。右手でマウスを握り、左手で赤ちゃんの背中をトントンとあやす。ときどき視線が下を向き赤ちゃんと合わさると、柔和な母の顔となる。
 私は、隅っこの椅子に座り、その母子を眺めた。
 どんな人と結婚したんだろうか? 何の仕事を探しているんだろう? もしかしたらシングル? 同年代だよね? 子どもか…。すごいよなあ、学生の自分には想像がつかない。ちょっと上から目線のようで申し訳なかったが、とにかくいい仕事が見つかってほしいと願った。そして赤ちゃんが元気に育ってくれ、と。

「アオイ、ここにいたのね。携帯鳴らしたのに」
「ごめん。母さん、仕事おわったの?」
「それが―」
 母は、口をとんがらせた。
 困った時の母の癖だ。だいたいは、秀兄ちゃんのことか、クリニックのことに関する愚痴となる場合が多い。医学部を拒絶した秀兄ちゃんも美大を何年もかけてやっと卒業し、ちいさなデザイン会社に就職が決まったので、最近彼に関する愚痴は減ってきている。
「困ったわ、事務長が、入院したのよ、今日」
「何で?」
「尿路結石だって。本人は、仕事のストレスだと医者から言われたっていうけどね。飲みすぎと思うよ」
「ふーん」
「だから、困ってるのよ。面接ができないのよ」
「何の?」
「ラインしたじゃない、これから、採用面接するって」
 クリニックの作業療法士と看護師と事務職の求人を出しているらしいが、今日は看護師への応募があり面接するという。ハローワークは面接会場として使えるようだ。
「そうだったっけ」
「ちょうどいいわ、あなた、面接官になってよ」
「えー、いやだよ。ひとりでやればいいじゃない」
「ひとりじゃ、格好つかないでしょ。面接っていってもね、はっきりいって、リクルートなのよ。看護師さんはさ、完全に売り手市場だからさあ。あたし、ひとりで面接したら、『ああ、この職場って、おばさんがひとりでやってるんだ』と思われるでしょ」
「でも、実際、そうじゃない」
「何をいってるのよ、この子は」
 そう言いながら、母はあたしの前髪を耳の後ろに流してピンでとめた。今日は、たまたまパンツスタイルのちゃんとした格好できている。明日、国対委員の仕事で、ホテルの下見に行くのだ。
「私の横に座ってるだけでいいのよ。時々、何か質問してくれるとありがたいけど」
「やだよー」

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著者プロフィール

崎長 ライト
崎長 ライト
長崎大学病院 医療教育開発センター長 浜田久之(内科医)
長崎県生まれ。

医者になりたかったのに、なぜか高校時代は文科系で、読書好きのラガーマン。浪人、大学中退、放浪、バーテンダー…、予備校講師を経てやっと医大生。

医学生時代は、学習塾経営。学生結婚しました〜。学習塾は大繁盛しバブル時代を謳歌しましたが、自分の成績は悪く、最後の模試は105人中100番(汗)。いい仲間のおかげで助けられて、何とか卒業しました(涙)。
初期研修は大学病院で、その後様々な地域の病院で一生懸命働きました、勉強もしました。引っ越し回数20回以上!市中病院の総合診療科病棟の立ち上げ後、トロント大学に家庭医学と医学教育を2年間学びました。これが、人生の転機となりました。 研修医教育(≒マッチング業界)歴は、15年くらいです。ほぼ毎日、1年次研修医の外来研修を熱血指導(半分嫌がられてますが…)しています!

資格:博士(医学)、博士(教育)、消化器病専門医、プライマリケア学会専門医など
趣味:思案橋でハイボールを飲みながら、世間話。特に、ジャニーズや芸能ネタは好きです(笑)。
小説:『小さな世界平和』 (※長崎新聞社新春小説大賞佳作)
   『フルマッチ』

著者より一言:アクセスしてくれて、本当にありがとうございます!超〜、感謝です。
       ハッピーの積み重ねを感じる力が大事(長崎大学病院 医療教育開発センターWEBサイトより)